旧デーン人の侵攻ルート










スパルタ人の勢力圏


スパルタ人はリビア人を支配し、エジプトにサイス朝を建てた
また、後にアレキサンダーを操っていたコリント人・マケドニア人の軍勢に加わり、シリア・ペルシア地域を支配していた
セレウコス朝に離反、独自にグレコ・バクトリア王国を建国
同時に、マガダ王国の反体制勢力を使ってマウリア朝を建て、インド東部に商業国家カリンガ王国を建てた






コリント人の勢力圏


コリント人は、マケドニア人を支配し、アレキサンダー大王を使ってオリエントに強大な帝国を建てたが
ローマ人がコリント人の拠点、コリント市を破壊、この前後にコリント人の中枢はアルメニアに移転していた
アルメニア王国は、トルコ、シリアに勢力を拡大したが、ローマ共和国、ペルシア帝国に挟まれるという不利な立地条件を憂慮
アルメニアからキエフに中枢を移転、キエフ公国が建つまでの間、アテネ人の諜報員がデーン人の拠点を発見した
その情報を知ったコリント人の諜報員も早速、ゴート人・スウェード人にデーン人に対する蜂起を打診、バックアップした
人類史上初であり、また最後でもあったが、コリント人はデーン人の拠点、スコーネを制覇し、スウェーデン王国を建てた
ゲルマン民族大移動の際には、サルマタイ人、アラン人を支配、フェニキア系のマルコマンニ人・ヴァンダル人と同盟した
その後、スコーネはデーン人に取り返されるが、コリント人はゴート人を使い、東ゴート王国、西ゴート王国を建てた
両国は空しくも、新デーン人(フン族)やイスラム勢力、アテネ人(フランク人)に滅ぼされたが、
本格的にキエフに拠点を構えたコリント人の中枢はスウェード人を使い、キエフ公国を盛り上げ、モスクワ公国を建てたビザンツ系の中枢を追放し
ロシア帝国の礎を築き、広大な領土を持ち、デーン人の末裔の直系(英米人)に対抗しうる強国となった




































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