スバル人の歴史@

名前を知って歴史を知る。この方法でアダム族の足跡を辿ると以下のような結果が出た。


@スバル人

■BC33世紀 セイバル人 ティカル人、ユート族、セロス人と共にモハス平原、ユカタン半島からアイルランドに帰還(ヒベルニア)

■BC32世紀 セイバル人 インダスからメソポタミアに移住(スバル人)
※スバルの名の由来はセイバル

■BC32世紀 スバル人 地中海からバルト海に移住

■BC32世紀 スバル人 ティカル人、メトセラ族、ハミ人、エノク族、セト族、ヤレド族、セロス人と連合、北極海探検隊を結成

■BC32世紀 スバル人 スバールバル諸島発見

■BC32世紀 スバル人B 北極海ルートを介し、オビ河上流に移住(フルリ人)

■BC32世紀 スバル人C 北極海ルートを介し、エニセイ河上流に移住(バーラタ族)

■BC1270年 スバル人A アッシリア帝国の侵攻を機にメソポタミアからテーベに移住(ミタンニ王国滅亡)

■BC13世紀 スバル人A メソポタミアからナイル流域に移住(テーベ、サバエ人)
※テーベ、サバエの名の由来はスバル

■BC13世紀 サバエ人 テーベで月の神を祀る(月の神コンス)

■BC13世紀 スバル人D メソポタミアからイスラエルに移住、イスラエル12支族に参加(ゼブルン族)

■BC1085年 ポイニクス族、カドモス族 テュロスからテーベに侵攻(アメン司祭国家)

■BC1085年 カナン族、サバエ人 テーベからアナトリア半島に移住、フルリ人と連合(アルメニア人)
※アルメニアの名の由来はフルリとアメンの組み合わせ、自称のハヤの名の由来はサバエ

■BC829年 アルメニア人 アッシリア帝国の侵攻を機に東西移住を計画(アルメニア人の大航海時代)

■BC8世紀 サバエ人 メソポタミアからアラビア半島に移住(サバエ王国)

■BC8世紀 サバエ人 アラビア半島からインドに移住(破壊と降伏の神シヴァ)

■BC8世紀 サバエ人 インドから現チベットに移住(吐藩王国/BC7世紀)
※ツボ(チベット)の名の由来はテーベ

■BC8世紀 アルメニア人 日本に進出、畿内に移住(ニギハヤヒ命)
※ニギハヤヒの名の由来はナーガとハヤの組み合わせ

■BC8世紀 カナン族 アルメニア人から一部分離独立、畿内に残留(物部氏)
※物部氏のモノの由来はアメン、モン

■BC8世紀 サバエ人 アルメニア人から一部分離独立、畿内から九州南部に移住(隼人)
※隼人の名の由来はアルメニア人の自称ハヤ

■BC8世紀 サバエ人 カナン族と共に畿内から現長野県に移住(諏訪国、諏訪大社)
※諏訪の名の由来はスバル、信濃の名の由来はシナイ

■BC8世紀 カナン族 諏訪国にモリヤ山信仰を持ち込む(洩矢信仰、守屋氏)
※守屋の名の由来はアムル

■BC701年頃 ゼブルン族 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 ゼブルン族 イスラエルからアビシニアに移住(ゼフル家)

■BC2世紀 サバエ人 サバエ王国滅亡を機に、アラビア半島からハッラーンに移住(サービア教徒)
※サービアの名の由来はサバエ

■BC2世紀 サバエ人 サバエ王国滅亡を機に、アラビア半島南部からナジュドに移住(サバーハ家)

■AD3世紀 隼人 鹿児島方面から松浦半島、壱岐、対馬に移住(早田氏)

■AD7世紀 サバエ人 イスラム帝国軍の侵攻を機に、ハッラーンからアドリア海に移住(セルビア人)
※セルビア(サービア)の名の由来はサービア

■AD875年 セルビア人 クロアチアにジュパ形成(クロアチア公トルピミル1世)

■AD926年 セルビア人 トミスラヴ1世、クロアチア統一(クロアチア王国)

■AD13世紀 諏訪氏 諏訪明神の諸族で結成(諏訪神党)

■AD1335年 諏訪氏 北条時行を奉じて挙兵した北条氏の残党に合流(中先代の乱)

■AD18世紀 サバーハ家 サウード家に追放され、現クウェートに移住(クウェート国)

■AD1756年 サバーハ家 サバーハ1世、初代サバーハ家首長に

■AD1762年 サバーハ家 アブドゥッラー1世、第2代サバーハ家首長に

■AD1814年 サバーハ家 ジャービル1世、第3代サバーハ家首長に

■AD1859年 サバーハ家 サバーハ2世、第4代サバーハ家首長に

■AD1896年 サバーハ家 ムバーラク大首長、第7代サバーハ家首長に

■AD1899年 サバーハ家 ムバーラク大首長、イギリスの保護領になり、クウェートの独立国家としての基礎を形成

■AD1919年 サバーハ家 サーリム首長、ナジュドと対立(クウェート・ナジュド国境戦争)

■AD1930年代 サバーハ家 アフマド=ビン=ジャービル・アッ=サバーハ、日本の養殖真珠により天然真珠産業が打撃を受ける

■AD1938年 サバーハ家 アフマド=ビン=ジャービル・アッ=サバーハ、世界第二位の埋蔵量を誇るブルガン油田を採掘

■AD1961年 サバーハ家 アブドゥッラー3世、イギリスから独立(クウェート王国)

■AD1977年 サバーハ家 ジャービル・アル=アフマド・アッ=サバーハ、第13代サバーハ家首長に

■AD1990年 サバーハ家 ジャービル・アル=アフマド・アッ=サバーハ、イラクがクウェートに侵攻

■AD1991年 サバーハ家 ジャービル・アル=アフマド・アッ=サバーハ、イラク占領から開放(湾岸戦争)

■AD2006年 サバーハ家 サアド・アル=アブドゥッラー・アッ=サバーハ、第14代サバーハ家首長に

■AD2006年 サバーハ家 サバーハ・アル=アフマド・アル=ジャービル・アッ=サバーハ、第15代サバーハ家首長に


Aサビニ人

■BC13世紀 スバル人 カナン族と連合、ワセトをテーベに改名(シバの王国、サバエ人)
※テーベ、サバエの名の由来はスバル

■BC13世紀 サバエ人 テーベで月の神を祀る(月の神コンス)

■BC11世紀 リディア人 アナトリア半島でサバエ人と連合(スパルタ人、スファラディ)
※スパルタの名の由来はサバとリディアの組み合わせ、スパルタはリディア人、スファラディはサバエ人が主導していた

■BC10世紀 スパルタ人 アナトリアからペロポネソス半島に移住、ポリスを建設(スパルタ)

■BC8世紀 スパルタ人 ギリシアからイタリアに移住、サバエ人(サビニ人)とリディア人(プルトゥス家)が分離
※プルトゥスの名の由来はパルタ

■BC753年 サビニ人 レメク族と連合、初代ロムルス王とタティウス共同統治(ローマ王国)

■BC717年 サビニ人 ヌマ・ポンピリウスがローマ王に即位(王政ローマ第2王)

■BC673年 サビニ人 トゥッルス・ホスティリウスがローマ王に即位(王政ローマ第3王)

■BC641年 サビニ人 アンクス・マルキウスがローマ王に即位(王政ローマ第4王)

■AD14年 クラウディウス家 第二代ローマ皇帝輩出(ティベリウス)

■AD37年 クラウディウス家 第三代ローマ皇帝輩出(カリグラ)

■AD41年 クラウディウス家 第四代ローマ皇帝輩出(クラウディウス)

■AD54年 クラウディウス家 第五代ローマ皇帝輩出(ネロ)

■AD68年以降 クラウディウス家 ローマ帝国を元老院に乗っ取られ、ユリウス家と共にローマを脱出

■AD68年以降 クラウディウス家A イタリア半島からライン河畔に移住
※サヴォイアの名の由来はサバエ

■AD68年以降 クラウディウス家B ライン河畔からスコットランドに移住(ストラスクライド王国)

■AD69年 サビニ人 ウェスパシアヌスがローマ皇帝に即位(フラウィウス朝)

■AD1003年 クラウディウス家A ウンベルト1世、初代サヴォイア伯に(サヴォイア家)

■AD1048年 サヴォイア家 アマデウス1世、第2代サヴォイア伯に

■AD1051年 サヴォイア家 オットー、第3代サヴォイア伯に

■AD1060年 サヴォイア家 ピーター1世、第4代サヴォイア伯に

■AD1391年 サヴォイア家 アマデウス8世、第19代サヴォイア伯に

■AD1416年 サヴォイア家 アマデウス8世、初代サヴォイア侯に

■AD1440年 サヴォイア家 ルイ、第2代サヴォイア侯に

■AD1465年 サヴォイア家 アマデウス9世、第3代サヴォイア侯に

■AD1472年 サヴォイア家 フィリベルト、第4代サヴォイア侯に

■AD1713年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・アメデーオ2世、シチリア王国の王位を獲得(スペイン継承戦争)

■AD1720年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・アメデーオ2世、ハプスブルグ家とシチリア島とサルディーニャ島を交換(サルディーニャ王国)

■AD1730年 サヴォイア家 カルロ・エマヌアーレ3世、第2代サルディーニャ王に即位

■AD1773年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・アメデーオ3世、第3代サルディーニャ王に即位

■AD1792年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・アメデーオ3世、オーストリア側に参戦(ナポレオン戦争)

■AD1815年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ1世、ウィーン会議の決定により領土回復及びジェノヴァ併合

■AD1833年 サヴォイア家 カルロ・アルベルト、青年イタリアを弾圧

■AD1848年 サヴォイア家 カルロ・アルベルト、サルディーニャ王国を中心にオーストリア帝国に蜂起(イタリア独立戦争)

■AD1859年 サヴォイア家 司祭ヨハネ・ボスコによって結成(サレジオ修道会)

■AD1861年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ2世、イタリア統一(イタリア王国)

■AD1870年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ2世、ローマに遷都

■AD1878年 サヴォイア家 ウンベルト1世、第2代イタリア王に即位

■AD1893年 サヴォイア家 ウンベルト1世、エチオピアに侵攻(第一次エチオピア戦争)

■AD1900年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ3世、第3代イタリア王に即位

■AD1911年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ3世、リビアの領有権を巡りオスマン・トルコ帝国と衝突(伊土戦争)

■AD1922年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ3世、ムッソリーニがローマに進軍、政権を掌握

■AD1926年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ3世、ファシスト党の一党独裁制に

■AD1935年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ3世、エチオピアを併合(第二次エチオピア戦争)

■AD1940年 サヴォイア家 ヴィットーリオ・エマヌアーレ3世、日独伊三国同盟

■AD1946年 サヴォイア家 ウンベルト2世廃位、共和制に(イタリア共和国)

■AD1969年 ストラスクライド人 リチャード・ニクソン、第37代アメリカ合衆国大統領に就任

■AD1974年 ストラスクライド人 リチャード・ニクソン、TV演説で辞意を表明(ウォーターゲート事件)



スバル人の歴史A

名前を知って歴史を知る。この方法でスバル人の足跡を辿ると以下のような結果が出た。フルリ人とバーラタ族は兄弟であり、スバル人の北極海ルートで誕生したということになる。彼らは兄弟ということで十王戦争の後に連合し、クル族を称した。ただ、中央アジアではハ行がカ行になることがあるため、当初はプール族を称していたと考えられる。


@フルリ人


■BC32世紀 スバル人 北極海ルートを介し、オビ河上流に移住(フルリ人)
※フルリの名の由来はスバル

■BC30世紀 フルリ人 中央アジアからウルケシュに進出(ウルケシュの都市国家)

■BC16世紀 フルリ人 メディア人、スバル人と連合し、王国を建設(ミタンニ王国)

■BC16世紀 フルリ人 チグリス川流域北東に進出、現地人に原カナン文字のひとつアルパを冠する(アラプハ王国)

■BC1270年頃 フルリ人A ミタンニ王国滅亡を機に、メソポタミアからコーカサスに移住

■BC1270年頃 フルリ人B コーカサスからインドに移住(プール族)
※プールの名の由来はフルリ

■BC12世紀 プール族 ブリグ、マツヤ、ドルヒユ、パルシュ、ダーサ、パニ、アリナ、アヌ、バラーナと連合し、バーラタ、トリツと交戦(十王戦争)

■BC12世紀 プール族 祖を同じくするバーラタ族と連合(クル族)
※クルの名の由来はプール

■BC12世紀 クル族 ガンジス上流に王国を建設(クル王国)

■BC12世紀 クル族B キンメリア人通過を機に、ガンジス流域からイラン、レバノン、ヨーロッパに移住

■BC12世紀 クル族/フルリ人A ヨーロッパに進出、バルト海に移住(ヘールル族)
※ヘールルの名の由来はフルリ

■BC12世紀 クル族/フルリ人B ユトランド、スカンジナビアからフィンランドに移住(カレリア族)
※カレリアの名の由来はヘールル、フルリ

■BC12世紀 クル族B ヨーロッパに進出、現ラトビア移住(クール人)

■BC860年頃 フルリ人A コーカサスに王国を建設、キンメリア人の襲撃に苦しむ(ウラルトゥ王国)
※ウラルトゥの名の由来はフルリ

■BC7世紀 フィン人 フェニキア人の船団、スカンジナビア半島から北極海に到着(残留者:スオミ族、カレリア人)

■BC7世紀 カレリア族 北極海ルートに及び、オビ河上流域現コラサンに移住

■BC7世紀 クル族B ポエニ人の西方移住計画に参加(第二次フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 アラプハ人 クル族と共にポエニ人の船団に同行し、北米大平原に移住(アラパホ族)

■BC7世紀 クル族B バルト海から北米南東部に移住、ルカ人と連合(クリーク族)

■BC7世紀 クル族A イランにてアケメネス家、カンボージャ人と連合(アケメネス朝)

■BC640年頃 クル族A 第ニ代ペルシア王輩出(クル/キュロス1世)

■BC559年頃 クル族A 第四代ペルシア王輩出(クル/キュロス2世)

■BC522年 アケメネス家 クル族、カンボージャ人を退けてアケメネス家のダリウスが即位(ペルシア帝国)

■BC327年 カレリア族 アレクサンダー大王のインダス侵攻を機に、東西移住計画に参加(コラサン人の大航海時代)

■BC327年 カレリア族A 東方ルートに及び、インドに移住(ケーララ)
※ケーララの名の由来はヘールル

■BC327年 カレリア族B 東方ルートに及び、モンゴル高原に移住、亀茲国のクシュ人と連合(キルギス族)

■BC327年 カレリア族C 西方ルートに及び、パミール人と共にアナトリア半島に移住

■BC241年 ペルガモン人 パミール人と連合、アナトリア半島に王国を建設(ペルガモン王国)
※ペルガモンの名の由来はフルリとパミールの組み合わせ「フルガミ」

■BC133年 ペルガモン人 ローマ軍の侵攻を機に、東西移住計画に参加(アナトリア民族の大移動)

■BC133年 ペルガモン人/カレリア族 アナトリア半島からイタリアに移住(フェラーラ)
※フェラーラの名の由来はヘールル

■BC133年 ペルガモン人 アナトリア半島から中央アジアに移住(フェルガーナ)
※フェルガーナの名の由来はペルガモン

■AD7世紀 クール人 ヴァイキング時代以前のデーン人を退け、バルト海最大の海賊として君臨(クールラント)

■AD1102年 ケーララ族 チョーラ人の侵攻を機にインドから日本に移住

■AD1211年 ケーララ族 足利義氏に接近、自身の血統を打ち立てる(吉良長氏生誕、吉良氏)

■AD1228年 クール人 セムガル族と連合し、リガを襲撃(リヴォニア十字軍)

■AD1243年 吉良氏 吉良国氏生誕、後に今川荘に隠居し、今川を称する(今川氏)

■AD1260年 クール人 十字軍側に参加したが、リヴォニアに敗北(ドゥルベの戦い)

■AD1266年 クール人 クールラント分割統治を機に、バルト海からクロアチアに移住島に移住

■AD1333年 吉良氏 吉良貞義、強硬な進言により、尊氏が六波羅探題を攻撃

■AD1519年 今川氏 第11代当主、今川義元生誕

■AD1536年 今川氏 今川義元、氏輝死去を機に発生した「花倉の乱」を制し、当主となる

■AD15??年 今川氏 今川義元、武田氏と同盟した為に北条氏との関係が悪化するが武田氏が仲介(甲相駿三国同盟)

■AD1549年 吉良氏 吉良義安、今川義元の猛攻に敗退

■AD1560年 今川氏 今川義元、織田信長の攻撃を受け、討ち死に(桶狭間の戦い)

■AD1560年 清和源氏 今川氏、武田氏など信長に滅ぼされた面々が現スリランカに移住(キャンディ)

■AD1560年 清和源氏 今川氏など信長に滅ぼされた面々が現スリランカからグジャラートに移住

■AD1560年 清和源氏 今川氏など信長に滅ぼされた面々がグジャラートから西アフリカに移住

■AD1560年 清和源氏 アシャンティで安芸氏、小早川氏、越智氏、浅井氏、尼子氏、今川氏、吉川氏が王族を形成(オツムフォ・ナナ)
※オツムフォナナの名の由来は日本語「頭は7」

■AD1570年 アシャンティ王家 ツワム、初代クワーマン首長の座に就く

■AD15??年 アシャンティ王家/安芸氏 アンチィ、第2代クワーマン首長の座に就く

■AD1590年 清和源氏 ヴィマラ・ダルマ・スリヤ1世、初代キャンディ国王に即位(キャンディ王国)
※キャンディの名の由来は源氏

■AD1600年 アシャンティ王家/小早川氏 コビア・アマンフィ、第3代クワーマン首長の座に就く

■AD1602年 キャンディ王家 ヴィマラ・ダルマ・スリヤ1世、オランダ探検家スピルバージェンが上陸

■AD1604年 キャンディ王家 セナラト、第2代キャンディ国王に即位

■AD1611年 キャンディ王家 セナラト、ポルトガルが首都キャンディを占領

■AD1620年 キャンディ王家 セナラト、オランダ東インド会社に救援を依頼するが排除される

■AD1630年 アシャンティ王家/越智氏 オチ・アケンテン、第4代クワーマン首長の座に就く

■AD1630年 キャンディ王家 セナラト、ポルトガル軍がキャンディ軍に大敗

■AD1635年 キャンディ王家 ラジャーシンゲ2世、第3代キャンディ国王に即位

■AD1640年 アシャンティ王家 オチ・アケンテン、初代クマセマン首長の座に就く

■AD1658年 キャンディ王家 ラジャーシンゲ2世、オランダと同盟、ポルトガル領セイロンの首都コロンボを攻略

■AD1658年 キャンディ王家 ラジャーシンゲ2世、奪還した要塞の返還をオランダに要求するが拒否される

■AD1660年 アシャンティ王家 オビリ・イエボア、第2代クマセマン首長の座に就く

■AD1675年 アシャンティ王家/浅井氏 オセイ・トゥトゥ、第3代クマセマン首長の座に就く

■AD1687年 キャンディ王家 ヴィマラ・ダルマ・スリヤ2世、第4代キャンディ国王に即位

■AD17世紀 キャンディ王家 オランダ人のスリランカ進出を機に、一部がグジャラートに移住(ガンディー氏族)
※ガンディーの名の由来はキャンディ

■AD1701年 アシャンティ王家/浅井氏 オセイ・トゥトゥ、初代アシャンティ国王に即位(アシャンティ帝国)
※アシャンティの名の由来はアカン人とキャンディの組み合わせ

■AD1701年 吉良氏 吉良義央、江戸城殿中に於いて浅野長矩に斬り付けられる(元禄赤穂事件)

■AD1720年 アシャンティ王家/尼子氏 オポク・ワレ、第2代アシャンティ国王に即位

■AD1764年 アシャンティ王家/浅井氏 オセイ・クワド、第4代アシャンティ国王に即位

■AD1796年 清和源氏 イギリスがオランダ領セイロンを攻撃、全拠点を陥落

■AD1798年 キャンディ王家 スリヴィ・クラマ・ラジャシンハ、第9代キャンディ国王に即位

■AD1803年 キャンディ王家 スリヴィ・クラマ・ラジャシンハ、イギリスがセイロン島を侵略

■AD1804年 アシャンティ王家/今川氏 オセイ・トゥトゥ・クワメ・アシバ、第7代アシャンティ国王に即位

■AD1814年 クリーク族 レッドスティック戦争の敗北を機に、アメリカからバルト海に帰還(グリュックスブルク家)
※グリュックスブルクの名の由来はクリークとブルグの組み合わせ

■AD1815年 キャンディ王家 スリヴィ・クラマ・ラジャシンハ、イギリス侵攻により保護国に転落(キャンディ条約)

■AD1816年 グリュックスブルク家 フリードリヒ・ヴィルヘルム、初代グリュックスブルク公に

■AD1817年 キャンディ王家 スリヴィ・クラマ・ラジャシンハ、ウバ州で蜂起するが失敗(イギリス領セイロン)

■AD1824年 アシャンティ王家 オセイ・ヨウ、イギリスが侵攻(アングロ・アシャンティ戦争)

■AD1826年 クリーク族 インディアン・スプリングス条約は詐欺として抗議、アダムス大統領が同情(ワシントン条約で無効に)

■AD1831年 グリュックスブルク家 カール、第2代グリュックスブルク公に

■AD1834年 アシャンティ王家/吉川氏 クワク・ドゥア1世、第9代アシャンティ国王に即位

■AD1836年 クリーク族 土地の投機者と不法侵入者が土地をだましとっていく(1836年のクリーク戦争)

■AD1839年 カレーラ氏族 ラファエル・カレーラ、初代グアテマラ大統領に就任
※カレーラの名の由来はフェラーラ

■AD1863年 グリュックスブルク家 クリスチャン9世、オルデンブルク家に変わりデンマーク王位に就く(グリュックスブルク朝)

■AD1863年 グリュックスブルク家 ゲオリギオス1世、ギリシア王位に就く(グリュックスブルク朝)

■AD1869年 ガンディー氏族 マハトマ・ガンディー生誕(インド独立)

■AD1895年 アシャンティ人 大英帝国に占領される(第四次アシャンティ戦争)

■AD19世紀 アシャンティ人 西アフリカからグジャラートに移住、ゾロアスター教に改宗

■AD1901年 アシャンティ王家 プレンペー1世、アシャンティがイギリス領に併合

■AD1901年 アシャンティ人 イギリス併合を機に、西アフリカからグジャラートに帰還

■AD1905年 グリュックスブルク家 ホーコン7世、ノルウェー王位に就く(グリュックスブルク朝)

■AD1912年 アシャンティ人 フェローズ・ガンディー生誕(ネルー・ガンディー・ファミリー)

■AD1964年 グリュックスブルク家 コンスタンティノス2世、第6代ギリシア王に即位

■AD1965年 グリュックスブルク家 ペーター、第6代グリュックスブルク公に

■AD1972年 グリュックスブルク家 マルグレーテ2世、第5代デンマーク女王に即位

■AD1980年 グリュックスブルク家 クリストフ、第7代グリュックスブルク公に

■AD1991年 グリュックスブルク家 ハーラル5世、第3代ノルウェー王に即位


Aバーラタ族

■BC32世紀 スバル人 北極海ルートを介し、レナ河上流に移住(バーラタ族)
※バーラタの名の由来はスバル

■BC12世紀 バーラタ族 トリツ族と連合し、プール、ブリグ、マツヤ、ドルヒユ、パルシュ、ダーサ、パニ、アリナ、アヌ、バラーナと交戦(十王戦争)

■BC12世紀 バーラタ族 祖を同じくするプール族と連合(クル族)
※クルの名の由来はプール

■BC12世紀 クル族 ガンジス上流に王国を建設(クル王国)

■BC12世紀 クル族/バーラタ族A キンメリア人通過を機に、ガンジス流域からイランに移住(パルティア人)
※パルティアの名の由来はバーラタ

■BC12世紀 クル族/バーラタ族B イランからレバノンに移住(ベイルート)
※ベイルートの名の由来はバーラタ

■BC12世紀 クル族/バーラタ族C レバノンからヨーロッパに進出、バルト海に移住(ハロード族、バルト海)
※ハロード、バルトの名の由来はバーラタ

■BC12世紀 クル族B ヨーロッパに進出、現ラトビア移住(クール人)

■BC7世紀 クル族/バーラタ族D クシュ人の船団に参加していたルカ人とバルト海で連合(ランゴバルト人)
※ランゴバルトの名の由来はルカとバーラタの組み合わせ

■BC7世紀 クル族B ポエニ人のアメリカ大陸移住計画に参加(第二次フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 クル族B バルト海から北米南東部に移住、ルカ人と連合(クリーク族)

■BC7世紀 クル族A イランにてアケメネス家、カンボージャ人と連合(アケメネス朝)

■BC640年頃 クル族A 第ニ代ペルシア王輩出(クル/キュロス1世)

■BC559年頃 クル族A 第四代ペルシア王輩出(クル/キュロス2世)

■BC522年 アケメネス家 クル族、カンボージャ人を退けてアケメネス家のダリウスが即位(ペルシア帝国)

■BC250年頃 パルティア人 パルニ人と連合、セレウコス朝シリアから独立(パルティア王国)

■BC247年 パルティア人 アルサケス1世、初代パルティア王に即位

■BC246年 パルティア人 ティリダテス1世、第2代パルティア王に即位

■BC228年 パルティア人 ティリダテス1世、バクトリアのディドトス2世と同盟

■BC211年 パルティア人 アルサケス2世、第3代パルティア王に即位

■BC2??年 パルティア人 アルサケス2世、セレウコス朝アンティオコス3世の遠征

■BC191年 パルティア人 フリアパディウス、第4代パルティア王に即位

■BC171年 パルティア人 ミトリダテス1世、第6代パルティア王に即位、飛躍的に領土を拡大

■BC123年 パルティア人 ミトリダテス2世、「諸王の王」を名乗る

■BC57年 パルティア人 ミトリダテス3世、第16代パルティア王に即位

■BC53年 パルティア人 ミトリダテス3世、ローマ軍がパルティアに侵攻

■AD2年 パルティア人 ローマ軍と交戦、一部インドに移住(第3回パルティア戦争)

■AD20年 パルティア人 インドに王朝を開く(インド・パルティア王朝)

■AD45年 パルティア人 インド・パルティア王朝滅亡を機にインドからアドリア海に移住、クロアチア人に参加

■AD166年 パルティア人 ヴォロガセス4世、ローマに北メソポタミアを割譲(第6回パルティア戦争)

■AD198年 パルティア人 ヴォロガセス4世、ローマ領メソポタミアに侵入(第7回パルティア戦争)

■AD208年 パルティア人 ヴォロガセス5世、第45代パルティア王に即位

■AD216年 パルティア人 アルタバヌス4世、第46代パルティア王に即位

■AD220年 パルティア人 アルタバヌス4世、サーサーン朝の侵攻により滅亡(パルティア王国滅亡)

■AD226年 パルティア人 パルティア王国滅亡を機にイランからヨーロッパに移住、ランゴバルト人に合流

■AD539年 ランゴバルト人 ワルタリ、初代ランゴバルト首長の座に就く

■AD546年 ランゴバルト人 アルドイン、ランゴバルト首長の座に就く

■AD565年 ランゴバルト人 アルボイン、ランゴバルト首長の座に就く、アルプスを越えてイタリアに侵入

■AD568年 ランゴバルト人 アルボイン、初代ランゴバルト王に即位(ランゴバルト王国)

■AD572年 ランゴバルト人 クレフ、第2代ランゴバルト王に即位

■AD584年 ランゴバルト人 アウタリ、第3代ランゴバルト王に即位

■AD591年 ランゴバルト人 アギルルフ、第4代ランゴバルト王に即位

■AD7世紀 クール人 ヴァイキング時代以前のデーン人を退け、バルト海最大の海賊として君臨(クールラント)

■AD749年 ランゴバルト人 アイストゥルフ、第23代ランゴバルト王に即位

■AD756年 ランゴバルト人 ラトキス、第24代ランゴバルト王に即位

■AD757年 ランゴバルト人 デシデリウス、第25代ランゴバルト王に即位

■AD774年 ランゴバルト人 アダルギス、第26代ランゴバルト王に即位

■AD774年 ランゴバルト人 アダリギス、シャルルマーニュ大帝の侵攻によりパヴィーア陥落(ランゴバルト王国滅亡)

■AD8世紀 ランゴバルト人A ランゴバルト王国滅亡を機に、イタリアからザクセンに移住

■AD1088年 ランゴバルト人A ザクセン公家の家臣エギルマール1世が独立、初代オルデンブルク伯に(オルデンブルク家)
※オルデンブルクの名の由来はバーラタとブルクの組み合わせ

■AD1108年 オルデンブルク家 エギルマール2世、第25代オルデンブルク伯に

■AD1143年 オルデンブルク家 ハインリヒ1世、初代オルデンブルク=ヴィルデスハウゼン伯に

■AD1148年 オルデンブルク家 クリスチャン1世、第3代オルデンブルク伯に

■AD1162年 ランゴバルト人B 神聖ローマ帝国、皇帝バルバロッサによりミラノ征服

■AD1167年 ランゴバルト人B ロンバルディア地方の26都市が軍事同盟を結成(ロンバルディア同盟)

■AD1228年 クール人 セムガル族と連合し、リガを襲撃(リヴォニア十字軍)

■AD1260年 クール人 十字軍側に参加したが、リヴォニアに敗北(ドゥルベの戦い)

■AD14世紀 ランゴバルト人B ヴィスコンティ家の傭兵隊長を務める(スフォルツァ家)
※スフォルツァの名の由来はバーラタ

■AD1448年 オルデンブルク家 クリスチャン7世、スウェーデン王、ノルウェー王兼デンマーク王に即位(オルデンブルク朝)

■AD1450年 スフォルツァ家 フランチェスコ・スフォルツァはヴィスコンティ家に仕え、主家の娘と結婚(ミラノ公)

■AD1450年 スフォルツァ家 ルドヴィーゴ・スフォルツァはダ・ビンチを宮廷に招いた(ミラノ公)

■AD1481年 オルデンブルク家 ハンス、第2代デンマーク王に即位

■AD1488年 オルデンブルク家 クリスチャン7世、第21代オルデンブルク伯に

■AD1513年 オルデンブルク家 クリスチャン2世、第3代デンマーク王に即位

■AD1523年 オルデンブルク家 フレゼリク1世、第4代デンマーク王に即位

■AD1648年 オルデンブルク家 フレゼリク3世、第8代オルデンブルク伯に

■AD1776年 オルデンブルク家 クリスチャン7世、第13代オルデンブルク伯に(オルデンブルク伯喪失)

■AD1807年 クル族/バーラタ族C ジュゼッペ・ガリバルディ生誕
※ガリバルディの名の由来は「クルのバーラタ」

■AD1814年 クリーク族 レッドスティック戦争の敗北を機に、アメリカからバルト海に帰還(グリュックスブルク家)
※グリュックスブルクの名の由来はクリークとブルグントの組み合わせ

■AD1816年 グリュックスブルク家 フリードリヒ・ヴィルヘルム、初代グリュックスブルク公に

■AD1826年 クリーク族 インディアン・スプリングス条約は詐欺として抗議、アダムス大統領が同情(ワシントン条約で無効に)

■AD1831年 グリュックスブルク家 カール、第2代グリュックスブルク公に

■AD1833年 クル族/バーラタ族C ジュゼッペ・ガリバルディ、ジュゼッペ・マッツィーニとジェノヴァで会見

■AD1836年 クリーク族 土地の投機者と不法侵入者が土地をだましとっていく(1836年のクリーク戦争)

■AD1839年 オルデンブルク家 クリスチャン8世、第15代デンマーク王に即位

■AD1848年 オルデンブルク家 フレゼリク7世、第16代デンマーク王に即位

■AD1860年 クル族/バーラタ族C ジュゼッペ・ガリバルディ、千人の義勇兵を集めた(赤シャツ隊)

■AD1863年 グリュックスブルク家 クリスチャン9世、オルデンブルク家に変わりデンマーク王位に就く(グリュックスブルク朝)

■AD1863年 グリュックスブルク家 ゲオリギオス1世、ギリシア王位に就く(グリュックスブルク朝)

■AD1905年 グリュックスブルク家 ホーコン7世、ノルウェー王位に就く(グリュックスブルク朝)

■AD1964年 グリュックスブルク家 コンスタンティノス2世、第6代ギリシア王に即位

■AD1965年 グリュックスブルク家 ペーター、第6代グリュックスブルク公に

■AD1972年 グリュックスブルク家 マルグレーテ2世、第5代デンマーク女王に即位

■AD1980年 グリュックスブルク家 クリストフ、第7代グリュックスブルク公に

■AD1991年 グリュックスブルク家 ハーラル5世、第3代ノルウェー王に即位




ベリーズ人の歴史

名前を知って歴史を知る。この方法でアダム族の足跡を辿ると以下のような結果が出た。


@ペルシア人



■BC21世紀 ベリーズ人、パレンケ人 第一陣がユカタン半島からインダス河流域に移住(ペルス人)
※ペルス、ペルシアの名の由来はベリーズ

■BC21世紀 ベリーズ人 一部がインダス流域から現キプロス島に移住(キプロス)

■BC21世紀 ベリーズ人 一部がインダス流域からガンジス流域に移住(パルシュ族)

■BC12世紀 パルシュ族 トプール、ブリグ、マツヤ、ドルヒユ、ダーサ、パニ、アリナ、アヌ、バラーナと連合、バーラタ、トリツと交戦(十王戦争)

■BC12世紀 パルシュ族 十王戦争敗北を機に、ガンジス流域からペロポネソス南西部に移住(ピュロス王国)
※ピュロスの名の由来はパルシュ

■BC10世紀 パルシュ族 ドーリア人台頭を機にギリシアからイランに移住(ペルシア人)

■BC559年 ペルシア人A カンボージャ人、クルズ人と連合(ペルシア帝国)

■BC521年 ペルシア人B アケメネス家と対立、イランから黒海に移住(アケメネス朝ペルシア帝国)

■BC480年頃 ペルシア人B アルカイアナクス、初代ボスポラス王に即位(アルカイアナクス朝ボスポラス王国)

■BC438年 ボスポラス人 スパルタコス1世、スパルトコス朝初代ボスポラス王に即位(スパルタコス朝ボスポラス王国)

■BC433年 ボスポラス人 サテュロス1世、スパルトコス朝第2代ボスポラス王に即位

■BC389年 ボスポラス人 レウコン1世、スパルトコス朝第3代ボスポラス王に即位

■BC349年 ボスポラス人 スパルタコス2世、スパルトコス朝第4代ボスポラス王に即位

■AD3世紀 ボスポラス人 ゲルマン人の台頭を機に、一部が黒海からイランに帰還

■AD250年 ボスポラス人 バーラタ族、パルニ人と連合(パルティア王国)
※パルティアの名の由来はバーラタ

■AD226年 ペルシア人B パルティア王国滅亡を機にイランからイベリア半島に移住(ガリシア人)
※ガリシアの名の由来はペルシア

■AD226年 ペルシア人C イベリア半島からバルト海に移住(プロイセン人)
※プロイセンの名の由来はペルシア

■AD226年 プロイセン人 バルト海からユカタン半島に移住(ドス・ピラス)
※ピラスの名の由来はペルシア、ペルス

■AD5世紀 ガリシア人 イベリア半島に移住してきたスエビ人と連合(スエビ王国)

■AD650年〜761年 プロイセン人 マヤに新規の王朝を開く(ドス・ピラス王朝)

■AD761年 ドス・ピラス人 ドス・ピラス王朝の滅亡を機にバルト海に帰還、プロイセン人に合流

■AD761年 ドス・ピラス人 バルト海からイベリア半島に移住

■AD821年 ドス・ピラス人 アストゥリアス家ラミーロ1世に接近、自身の血統を打ち立てる(オルドーニョ1世生誕、ペレス家)

■AD850年 ペレス家 オルドーニョ1世、アストゥリアス王に即位(レオン王国)

■AD914年 ペレス家 オルドーニョ2世、ガリシア国王を兼務

■AD1037年 ペレス家 ベルムード3世、タマロンの戦いで戦死

■AD1037年 ペレス家 ヒメノ家台頭を機にイベリア半島からバルト海に移住、プロイセン人に合流

■AD1216年 プロイセン人 プロイセン人が蜂起

■AD1226年 プロイセン人 神聖ローマ皇帝がプロイセン侵略を公認(リミニの黄金文書)

■AD1260年 プロイセン人 プロイセン人の大蜂起(北方十字軍)

■AD1274年 プロイセン人 第三次反乱はじまる(北方十字軍)

■AD1283年 プロイセン人 プロイセン全域がドイツ騎士団によって征服される(北方十字軍)

■AD13世紀 プロイセン人A バルト海からスコットランドに移住(ブルース家)

■AD13世紀 プロイセン人B スコットランドからユカタン半島に移住

■AD13世紀 プロイセン人B 先祖の故地ベリーズを継承、経済的繁栄が続く(後古典期)

■AD1306年 ブルース家 ロバート1世、スコットランド国王に即位(ブルース朝)

■AD1371年 ブルース家 デイヴィッド2世に後継者がなかったため、ブルース家途絶

■AD1527年 ベリーズ人 コンキスタドール、モンテーホがベリーズ侵略(ベリーズ衰退)

■AD1798年 ベリーズ人 イギリス植民者がスペイン軍を破り、イギリス植民地になる

■AD1925年 キプロス人 キプロスがイギリスの直轄統治領となる

■AD1950年代 キプロス人 反英テロ活発化、イギリス本国と対立

■AD1950年代 ベリーズ人 民衆に独立の気運が高まる(人民連合党/PUP)




Aぺリシテ人


■BC16世紀 ベリーズ人 セロス人、パレンケ人、チェケル人と共にユカタン半島から地中海に侵攻(海の民)

■BC16世紀 ベリーズ人 先祖の土地キプロス島に移住、海の民として活動

■BC14世紀 ベリーズ人 キプロス島からカナンに移住(ぺリシテ人)
※ペリシテの名の由来はベリーズ

■BC7世紀 ペリシテ人 フェニキア人の東西移住計画に参加、アラビア半島からイランに到着(残留者:フェニキア人、マゴ家、ガド族、ペリシテ人、マナセ族、アッカド人、ウルクのシュメール人)

■BC7世紀 ペリシテ人 フェニキア人、シュメール人と共に伝説の王国を建設(ベーシュタード王国)
※ベシュタードの名の由来はペリシテ

■BC7世紀 フェニキア人 ベーシュタード王国2代目王、4代目王を輩出(フージャン王、聖王イマ)

■BC7世紀 ウルクのシュメール人 ベーシュタード王国3代目王を輩出(タフムーラス王)

■BC7世紀 ガド族 ベーシュタード王国4代目王を輩出(シャムシード王)

■BC6世紀 ペリシテ人 ペルシア帝国の勢力伸張に伴い、イランからギリシアに移住(イピロス)

■BC6世紀 イピロス人 ドドナ神殿・神託所は、デルポイに次ぐ格式を持っていた(モロッジア王朝)

■BC4世紀 イピロス人 イピロス王アリュバースの姪がフィリッポス2世と結婚(アレクサンドロス大王)

■BC295年 イピロス人 ピュロス王がイタリアに侵攻、ローマ共和国と張り合う

■BC168年 イピロス人 ローマに占領される(マケドニア属州)

■BC2世紀 イピロス人 ギリシアからアフガンに移住(パシュトゥーン人/AD10世紀)
※パシュトゥーンの名の由来はベーシュタード

■AD1320年 パシュトゥーン人 モンゴル軍征西を機に、キプチャク人と共にアフガンからインドに移住(トゥグルク朝)

■AD1347年 パシュトゥーン人 デカン総督がトゥグルク朝から独立(バフマニー朝)

■AD1490年 パシュトゥーン人 ドゥラニ族が分離独立、バフマニー朝崩壊(ベラール王国)
※ベラールの名の由来はイピロス、或いはペリシテ

■AD1572年 パシュトゥーン人 ベラール王国滅亡を機にアフガンに帰還

■AD1709年 ギルザイ/トゥーラーン族 ホータキ族が蜂起、王朝を開く(ホターキー朝)

■AD1826年 ドゥラニ/バーラクザイ族 ドゥラニー朝から分離独立(バーラクザイ朝)
※バーラクザイの名の由来はペリ(シテ)

■AD1835年 ドゥラニ/バーラクザイ族 国王の称号をアミールに変える(アフガニスタン首長国)

■AD1919年 ドゥラニ/バーラクザイ族 第三次アフガン戦争でイギリスに勝利

■AD1926年 ドゥラニ/バーラクザイ族 国王の称号をシャーに変える(アフガンスタン王国)

■AD1930年 パシュトゥーン人 ウォーレス・ファードがデトロイトでマフディを称する(ネイション・オブ・イスラム教団)

■AD1973年 ギルザイ/トゥーラーン族 ムハンマド・ダーウードが王族を追放(アフガンスタン共和国)

■AD1978年 ギルザイ/ブーラーン族 四月革命によりダーウード大統領一族を処刑(アフガンスタン民主共和国)

■AD1978年 ギルザイ/トゥーラーン族 ムジャーヒディーンが蜂起(アフガンスタン紛争)

■AD1979年 ギルザイ/トゥーラーン族 ソ連軍の支援を受けて形成された武装勢力(ターリバーン)

■AD1996年 ギルザイ/トゥーラーン族 ターリバーン政権成立(アフガニスタン・イスラーム首長国)




パレンケ人の歴史@

名前を知って歴史を知る。この方法でアダム族の足跡を辿ると以下のような結果が出た。


@パルニ人


■BC21世紀 パレンケ人 ベリーズ人と共に第一陣がユカタン半島からインダス河流域に移住

■BC21世紀 パレンケ人A インダス流域からインドに移住(司法神ヴァルナ、バラーナ族)

■BC21世紀 パレンケ人B インダス流域からインドに移住、アーリア人に参加(ブリグ族)

■BC12世紀 バラーナ族 プール、マツヤ、ドルヒユ、パルシュ、ダーサ、パニ、アリナ、アヌ、ブリグと連合し、バーラタ、トリツと交戦(十王戦争)

■BC12世紀 ブリグ族 プール、マツヤ、ドルヒユ、パルシュ、ダーサ、パニ、アリナ、アヌ、バラーナと連合し、バーラタ、トリツと交戦(十王戦争)

■BC12世紀 バラーナ族 十王戦争敗北を機に、インドからインダス流域に帰還(パルニ人)

■BC21世紀 ブリグ族 十王戦争敗北を機に、インドから現アルゴスに移住(ルカ人)

■BC12世紀 ブリグ族 現アルゴスから現チュニジアに移住

■BC12世紀 ルカ人A アルゴスを拠点に海賊として活躍(海の民)

■BC12世紀 ルカ人B アルゴスからマルセイユに移住(リグリア人)

■BC12世紀 ルカ人C アルゴスからアナトリア半島に移住(キリキア人)

■BC7世紀 ルカ人A クシュ人の東西移住計画に参加、イベリア半島に到着(残留者:クシュ人、ルカ人)

■BC7世紀 ルカ人A イベリア半島に移住、ダン族と連合(ルシタニア人)

■BC7世紀 ルシタニア人 イベリア半島からブルターニュ方面に移住(ルグドネンシス)

■BC7世紀 クシュ人 クシュ人の船団、イベリア半島からバルト海に到着(残留者:ユダ族、ベニヤミン族、ルカ人)

■BC7世紀 ルカ人A イベリア半島からバルト海に移住、バーラタ族と連合(ランゴバルト人)

■BC7世紀 クシュ人 クシュ人の船団、アラビア半島からセイロン島に到着(残留者:クシュ人、ルカ人、オルフェウス教団)

■BC7世紀 ルカ人A 現セイロン島に定住(ランカー島)
※ランカーの名の由来はルカ

■BC6世紀 ランカー人B 現セイロン島からインド東岸部に定住(カリンガ国)

■BC6世紀 ランカー人B カリンガ国を発ち、現ジャワ島を探検

■BC6世紀 ランカー人B 現ジャワ島を発ち、ルソン島に移住(カリンガ族)

■BC265年 カリンガ人 アショーカ王と交戦(カリンガ戦争)

■BC265年 カリンガ人 マウリア朝に敗北し、ランカー島に帰還、シンハラ人と連合

■BC247年 ブリグ族 ハンニバル・バルカ、カルタゴに生誕(ポエニ戦争)
※バルカの名の由来はブリグ

■BC179年 ルシタニア人 ローマ軍に敗北(第一次ケルティベリア戦争)

■BC2世紀 ルシタニア人 イベリア半島からバルト海に進出、ヴィスツラ川上流に移住(ルギイ人、プシェヴォルスク文化)

■BC181年 リグリア人 マッシリア、アヴィニョンを荒らす(リグリア海賊)

■BC154年 リグリア人 オピミウスがニース、アンティーブに遠征

■BC113年 ルシタニア人 ローマに蜂起したが制圧された(ルシタニア戦争)

■AD226年 パルニ人 パルティア王国滅亡を機にイランからアフリカに移住(フラニ族)
※フラニの名の由来はパルニ

■AD5世紀 マウリ人 フラニ族を伴って同胞メロエ人を追って東方に船出、マレー半島に移住

■AD5世紀 フラニ族 マレー半島からカリマンタン島に移住(ブルネイ王国)
※ボルネオ、ブルネイの名の由来はフラニ

■AD488年 ランゴバルト人 スカンジナビアからドナウ流域に移住

■AD539年 ランゴバルト人 ワルタリ、初代ランゴバルト首長の座に就く

■AD546年 ランゴバルト人 アルドイン、ランゴバルト首長の座に就く

■AD565年 ランゴバルト人 アルボイン、ランゴバルト首長の座に就く、アルプスを越えてイタリアに侵入

■AD565年 ランゴバルト人 パンノニアでアヴァール人と連合、ゲピード人を撃退

■AD568年 ランゴバルト人 アルボイン、初代ランゴバルト王に即位(ランゴバルト王国)

■AD572年 ランゴバルト人 クレフ、第2代ランゴバルト王に即位

■AD584年 ランゴバルト人 アウタリ、第3代ランゴバルト王に即位

■AD591年 ランゴバルト人 アギルルフ、第4代ランゴバルト王に即位

■AD570年 ランゴバルト人 サクソン人、ブルガル人、スエビ人と連合、北イタリアに侵入(ランゴバルト王国)

■AD749年 ランゴバルト人 アイストゥルフ、第23代ランゴバルト王に即位

■AD756年 ランゴバルト人 ラトキス、第24代ランゴバルト王に即位

■AD757年 ランゴバルト人 デシデリウス、第25代ランゴバルト王に即位

■AD773年 ランゴバルト人 ローマ教皇の要請により、シャルルマーニュ皇帝が侵攻(ランゴバルト王国滅亡)

■AD774年 ランゴバルト人 アダルギス、第26代ランゴバルト王に即位

■AD774年 ランゴバルト人 アダリギス、シャルルマーニュ大帝の侵攻によりパヴィーア陥落(ランゴバルト王国滅亡)

■AD801年 ランゴバルト人/ルカ人 カタルーニャ地方に移住(バルセロナ伯)

■AD1007年 バルセロナ伯 サンチョ3世に接近、ヒメノ家に自身の血統を打ち立てる(ラミロ1世)

■AD1035年 バルセロナ伯 庶子ラミロ1世、アラゴン川の渓谷をサンチョ3世より相続(アラゴン王国)

■AD12世紀 バルセロナ伯 ラミロ1世の娘ペトロニア女王がバルセロナ伯ラモン・バランゲー4世に嫁ぐ(バルセロナ家)
※バランゲーの名の由来はパレンケ

■AD12世紀 バルセロナ家 アルフォンソ2世生誕、アラゴン王とバルセロナ伯の称号を得る(アラゴン連合王国)

■AD13世紀 ブルネイ人 マウリ人、マラウィ人がインドネシアにイスラム教を伝える

■AD1376年 フラニ族A スーダンに移住してザガワ族と連合、カネム帝国を継承(ボルヌ帝国)
※フラニ、ボルヌの名の由来はボルネオ、ブルネイ

■AD1405年 ブルネイ人 ムハンマド、初代ブルネイ国王に即位(ブルネイ王国)

■AD1410年 バルセロナ家 マルティン1世、嗣子なし(バルセロナ家断絶)

■AD1415年 ブルネイ人 アマド、第2代ブルネイ国王に即位

■AD1425年 ブルネイ人 スワリフ・アリ、第3代ブルネイ国王に即位

■AD1433年 ブルネイ人 スライマン、第4代ブルネイ国王に即位

■AD1473年 ブルネイ人 ボルギア、第5代ブルネイ国王に即位

■AD16世紀 フラニ族A ボルヌ帝国の最盛期

■AD18世紀 ブルネイ人A オランダのジャワ征服を機に、ブルネイからアフリカに帰還(フラニ族B)

■AD1808年 フラニ族B ウスマン・ダン・フォディオ、ハウサ諸王国を攻めてカネム・ボルヌ帝国を衰退させる(フラニ戦争)

■AD1831年 ボローニャ人 ジュゼッペ・マッツィーニ、カルボナリに限界を感じたため新規の組織を結成(青年イタリア)

■AD1848年 ボローニャ人 ジュゼッペ・マッツィーニ、三頭執政官を務めるがナポレオン3世の介入で消滅(ローマ共和国)

■AD1883年 ボローニャ人 ベニート・ムッソリーニ生誕

■AD1893年 フラニ族A ボルヌ帝国滅亡を機に、アフリカからカリマンタン島に帰還(ブルネイ人B)

■AD1906年 ブルネイ人 ムハンマド・ジャマルル・アマル2世、第26代ブルネイ国王に即位

■AD1921年 ボローニャ人 ベニート・ムッソリーニ、「戦闘者ファッショ」を政党に再編(ファシスト党)

■AD1922年 ボローニャ人 ベニート・ムッソリーニ、ファシスト党によるクーデターを決行(ローマ進軍)

■AD1924年 ブルネイ人 アマド・タジュディン、第27代ブルネイ国王に即位

■AD1939年 ボローニャ人 ベニート・ムッソリーニ、ナチス政権と同盟(第二次世界大戦)

■AD1950年 ブルネイ人 オマル・アリ・サイフディン3世、第28代ブルネイ国王に即位

■AD1959年 ブルネイ人 イギリスの自治領となる

■AD1959年 ボローニャ人 フェデリコ・フェリーニ、映画「甘い生活」を発表
※フェリーニの名の由来はパルニ

■AD1960年 ボローニャ人 ミケランジェロ・アントニオーニ、映画「情事」を発表

■AD1967年 ブルネイ人 ハサナル・ボルキア、第29代ブルネイ国王に即位

■AD1976年 ボローニャ人 ピエル・パオロ・パゾリーニ、映画「ソドムの市」を発表

■AD1984年 ブルネイ人 イギリスより独立する(ブルネイ・ダルサラーム国)




パレンケ人の歴史A

名前を知って歴史を知る。この方法でアダム族の足跡を辿ると以下のような結果が出た。


Aブルグント人


■BC16世紀 パレンケ人 ベリーズ人、セロス人、チェケル人と共にユカタン半島から地中海に侵攻(海の民)

■BC16世紀 パレンケ人 アナトリア半島に移住(フリギア人)
※フリギアの名の由来はパレンケ

■BC11世紀 フリギア人 アナトリア半島中西部に王国建設(フリギア王国)

■BC701年頃 フリギア人 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 フリギア人A 西方ルートに及び、ライン河畔に移住(ベルガエ人、フリージア)
※フリージア、ベルガエの名の由来はフリギア

■BC7世紀 フリギア人 キンメリア人が侵攻、敗北(フリギア王国滅亡)

■BC7世紀 ベルガエ人 ヘレネス人と連合、ライン河畔からアイルランドに移住(フィル・ボルグ族)
※フィル・ボルグの名の由来はヘレネスとベルガエの組み合わせ、ヘレ・ベルガ

■BC7世紀 フリギア人B アナトリア半島からブリテン島に移住(ブリギンテ族)
※ブリギンテの名の由来はフリギア

■BC7世紀 ボイイ族 ボイイ族の船団、北米大平原地方からユカタン半島に到着(残留者:ボイイ族、ビュブロス人、イッサカル族、ウルクのシュメール人、フリギア人)

■BC7世紀 フリギア人A ユカタン半島に創造神を形成(創造神フラカン)

■BC7世紀 フリギア人A 先祖の故地パレンケを継承(ポラン族)
※ポランの名の由来はパレンケ

■BC2世紀 ブリガンテ族 ウェストファーレン族に伴われ、ブリテン島からバルト海に帰還(ブルグント人、ボーンホルム島)

■AD4世紀 マヤ人 ティオティワカンの侵攻を機に、東方移住を計画(マヤ人の大航海時代)

■AD4世紀 マヤ人 ユカタン半島からブリテン島、先発隊の土地デヴォンに移住(残留者:マヤ人、加賀氏、久米氏、吉備氏、キンブリ人、ポラン族、ルス人)

■AD4世紀 ブルグント人 ウェストファーレン族に伴われてボーンホルム島を放棄、大陸に進出

■AD4世紀 ブルグント人 ゲビッカ、初代ブルグント首長の座に就く

■AD411年 ブルグント人 ブルゴーニュ地方に侵入、王国を建設(ブルグント王国)

■AD420年 ポラン族 ルス人と共に、スコットランドに王国を建設(バーニシア王国)
※ベルニシアの名の由来はポラン

■AD436年 ブルグント人 グンディオク、初代ブルグント王に即位、4人の息子たちによって領土分割

■AD473年 ブルグント人 グンドベック、リオンを領有

■AD473年 ブルグント人 キルペリック2世、ヴァレンスを領有

■AD473年 ブルグント人 ゴドマール、ヴィエンヌを領有

■AD473年 ブルグント人 ゴデギゼル、ヴィエンヌ及びゲネヴァを領有

■AD5世紀 ポラン族 ルス人と共にブリテン島から現ウクライナに移住(ポリャーネ族)
※ポリャーネの名の由来はポラン

■AD500年 ポラン族 エサ、バーニシア王国初代国王に即位

■AD516年 ブルグント人 ジギスムント、第3代ブルグント王に即位

■AD520年 ポラン族 エオパ、バーニシア王国第2代国王に即位

■AD534年 ブルグント人 フランク王国と交戦(ブルグント王国滅亡)

■AD547年 ポラン族 アイダ、バーニシア王国第3代国王に即位

■AD559年 ポラン族 グラッパ、バーニシア王国第4代国王に即位

■AD6世紀 ブルグント人 現フランスからユカタン半島に移住、故地パレンケを継承(パレンケ)

■AD632年 ポラン族 イアンフリス、バーニシア王国第12代国王に即位

■AD634年 ポラン族 オズワルド、バーニシア王国第13代国王に即位

■AD634年 ポラン族 オズワルド戦死を機に、一部氏族がスコットランドから現ノルウェー南部に移住(ヴァルン族)

■AD654年 ポラン族 オズィウ、マーシアの侵攻を退けてディアラ王国を併合(ノーサンブリア王国)

■AD670年 ポラン族 エクフリス、第2代ノーサンブリア国王に即位

■AD685年 ポラン族 アルドフリス、第3代ノーサンブリア国王に即位

■AD7世紀 ヴァルン族 現ノルウェー南部から現ポーランドに移住

■AD8世紀 ポラン族 パンノニアから来たアヴァール人とポーランドで連合(ゴプラン族)
※ゴプランの名の由来は、朝鮮語のゴ(高)とポランの組み合わせ

■AD8世紀 ゴプラン族 ポラン=ゴプラン連合の伝説的な首長ポピエル生誕(ポピエル家)
※ポピエルの名の由来はポランとアヴァールの組み合わせ、ポヴァール

■AD862年 ポラン族 アエレ2世、第27代ノーサンブリア国王に即位、デーン人に殺害される

■AD867年 ポラン族 オズベルト、第28代ノーサンブリア国王に即位、デーン人に殺害される

■AD9世紀 ポラン族 ポーランドの伝説的な君主ピャスト生誕(ピャスト家)

■AD9世紀 ゴプラン族 現ポーランドから現バイエルンに移住(コーブルク)
※コーブルクの名の由来はゴプラン

■AD935年 ピャスト家 ミェシュコ1世生誕

■AD960年 ピャスト家 ミェシュコ1世、初代ポーランド王に即位(ポーランド王国ピャスト朝)

■AD992年 ピャスト家 ボレスワフ1世、第2代ポーランド王に即位

■AD1025年 ピャスト家 ミェシュコ2世、第3代ポーランド王に即位

■AD1058年 ピャスト家 ボレスワフ2世、第7代ポーランド王に即位

■AD1079年 ピャスト家 ヴワディスワフ1世、第8代ポーランド王に即位

■AD1102年 ピャスト家 ズビグニェフ、第9代ポーランド王に即位

■AD1102年 ピャスト家 ボレスワフ3世、第10代ポーランド王に即位

■AD1241年 ピャスト家 ヘンリク2世、バトゥ総指揮官率いるモンゴル軍がポーランドに侵攻(ワールシュタットの戦い)

■AD1260年 ピャスト家 ヴワディスワフ1世生誕

■AD1291年 ピャスト家 ヴァーツラフ2世、チェコのプシェミスル朝を支配

■AD1306年 ピャスト家 ヴワディスワフ1世、ピャスト家再統一(ポーランド再統合)

■AD1331年 コーブルク 皇帝ルートヴィヒ・デア・バイエルンから都市権、裁判権を授けられる

■AD1340年 ピャスト家 カジミェシュ3世、ウクライナ統合(ハールイチ・ヴォルイーニ戦争)

■AD1353年 コーブルク 領主権がヴェッティン家に移る



Bフリギア人

■BC133年 フリギア人 ローマ人の侵攻を機に、西方移住計画に参加(アナトリア民族大移動)

■BC1世紀 フリギア人 アナトリアからライン河畔に移住(フランク人)

■BC1世紀 フリギア人 西方移住計画に参加したリビア人と連合(リプアリ・フランク族)

■BC1世紀 フリギア人 西方移住計画に参加したシェルデン人と連合(サリー・フランク族)

■AD7世紀 フランク人 ピピン1世、アウストラシアで宰相として仕えた(カロリング家)

■AD640年 フランク人 ピピン2世、フランク王国の実験を握る

■AD688年 フランク人 カール・マルテル、宰相としてフランク王国を統一

■AD732年 フランク人 ウマイヤ朝を退ける(トゥール・ポワティエ間の戦い)

■AD751年 フランク人 ピピン3世、メロヴィング朝を退ける(カロリング朝)

■AD795年 フランク人 ロタール1世生誕(中フランク王国)

■AD800年 フランク人 シャルルマーニュ大帝、教皇により戴冠

■AD817年 フランク人 ルートヴィヒ1世、王国を分割相続させる法律を作る(フランク王国分裂)

■AD823年 フランク人 シャルル2世生誕(西フランク王国)

■AD870年 フランク人 メルセン条約、中フランク王国が西東フランク王国、イタリア王国に割譲される(中フランク王国消滅)

■AD911年 フランク人 ルートヴィヒ4世死去(東フランク王国カロリング朝終焉)

■AD919年 ザクセン人 ハインリヒ1世戴冠(ザクセン朝)

■AD987年 フランク人 ルイ5世死去、パリ伯ユーグ・カペーが国王に選出(カロリング朝終焉)

■AD11世紀 カロリング家 フランスからウンブリアに移住

■AD13世紀 カロリング家 アッシジのフランシスコ生誕(フランシスコ会)
※フランシスコの名の由来はフランス、あるいはフランク

■AD1215年 フランシスコ会 アッシジのキアラ、活動開始(女子修道会)

■AD1221年 フランシスコ会 在俗の会を創設(償いの兄弟姉妹の会)

■AD1594年 フランシスコ会 京都に聖母マリア教会を創設(天使の元后教会)

■AD1594年 フランシスコ会 ソテロ、ローマに正使として派遣(慶長遣欧使節団)

■AD1603年 フランシスコ会 家康、秀忠に謁見、伊達政宗との知遇を得て東北宣教(ルイス・ソテロ来日)


テュロス人の歴史@

名前を知って歴史を知る。この方法でテュロス人の足跡を辿ると以下のような結果が出た。

@テュロス人

■BC22世紀 セロス人A ユカタン半島からエジプトに移住、ヘリオポリスに進出(オシリス)
※オシリスの名の由来はセロス

■BC16世紀 セロス人B ベリーズ人、パレンケ人と共にユカタン半島から地中海に侵攻、海の民と呼ばれる(トゥルシア人)
※トゥルシアの名の由来はセロス

■BC16世紀 トゥルシア人 ペロポネソス半島に移住、海の民の拠点とする(ティリンス)

■BC16世紀 トゥルシア人 ティリンスから現レバノンに移住(テュロス)
※テュロスの名の由来はトゥルシア

■BC16世紀 セロス人A オシリスを祀る神官団が分離、エジプトからイスラエルに移住(アシェル族)
※アシェルの名の由来はオシリス

■BC13世紀 アシェル族 イスラエル12支族に参加(イスラエル王国)

■BC16世紀 テュロス人A アゲノールがテュロス王になる(フェニキア人)

■BC16世紀 テュロス人B アゲノール王の子息カドモス、ポイニクス、エウロペが輩出される
※フェニキア人の名の由来はポイニクス

■BC16世紀 テュロス人C テュロスからガンジス流域に移住(ダーサ族)

■BC12世紀 ダーサ族 プール、ブリグ、マツヤ、ドルヒユ、パルシュ、パニ、アリナ、アヌ、バラーナと連合、バーラタ、トリツと交戦(十王戦争)

■BC10世紀 フェニキア人 フェニキア人の勢力圏が「太陽神アメンの領域」と称される(アマゾン)

■BC9世紀 フェニキア人 テュロスから現チュニジアに移住、コリントス人、チェケル人、マゴ家と連合(カルタゴ)

■BC701年頃 フェニキア人A アッシリア帝国侵攻を機に、東西移住を計画(フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 フェニキア人A フェニキア人の船団、現ポメラニアからスカンジナビア半島に到着(残留者:フェニキア人、エフライム族、ダン族)

■BC7世紀 フェニキア人A スコーネからフィンランドに移住(フィン人)

■BC7世紀 フィン人 フィンランドの現地人にフェニキア文字のひとつ「オミクロン」を冠する(スオミ族)
※スオミの名の由来はオミクロン

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、アラビア半島からイランに到着(残留者:フェニキア人、マゴ家、ガド族、ペリシテ人、マナセ族、アッカド人、ウルクのシュメール人)

■BC7世紀 フェニキア人B 現地人にフェニキア文字のひとつ「アルパ」を冠する(パッラヴァ人)

■BC7世紀 フェニキア人B 現地人にフェニキア文字のひとつ「ランブダ」を冠する(カンボージャ人)

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、インダス流域からガンジス流域に到着(残留者:フェニキア人、ガド族、イッサカル族、ウルクのシュメール人)

■BC7世紀 フェニキア人B 現地人にフェニキア文字のひとつ「ガンマ」を3つ冠する(ガンガー、アンガ人)

■BC7世紀 フェニキア人B ガンジス流域で育んだ宗教体系に、フェニキア文字のひとつ「ベータ」を冠する(ヴェーダ)

■BC7世紀 フェニキア人B ガンジス上流に及び、拠点に故地の名を冠する(シューラセーナ共和国)
※シューラセーナの名の由来はテュロス

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、ガンジス流域から現タイに到着(残留者:ポエニ人、ガド族)

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、現タイからジャワ島に到着(残留者:フェニキア人、フォキス人)

■BC7世紀 フェニキア人B 現地人にフェニキア文字のひとつ「ゼータ」を冠する(スンダ族)

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、ジャワ島からカンボジアに到着(残留者:テーバイ人)

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、カンボジアからマカオに到着(残留者:マゴ家、アシェル族、ガド族、イッサカル族)

■BC7世紀 フェニキア人B フェニキア人の船団、マカオから黄河流域に到着(残留者:フェニキア人、ルーベン族、ダン族)

■BC7世紀 フェニキア人B 現地人にフェニキア文字のひとつ「パイ」を冠する(魏)

■BC7世紀 フェニキア人B ペリシテ人、ガド族、シュメール人と共に王国を建設(ベーシュタード王国)

■BC7世紀 フェニキア人B ガド族と連合しベーシュタード王国、第四代目王を輩出(ジャムシード/聖王イマ)
※ジャムシードの名の由来はシャムシュ、イマの名の由来はアメン

■BC332年 フェニキア人C アレキサンダー大王のテュロス占領を機に、地中海から黒海に移住(ウェネト人)
※ウェネトの名の由来はフェニキア

■BC332年 フェニキア人D アレキサンダー大王のテュロス占領を機に、地中海からイタリア半島に移住(ユリウス家)
※ユリウスの名の由来はテュロス

■BC3世紀 ウェネト人 アント人、スクラブ人と連合(スラブ人)

■BC3世紀 ウェネト人 バルト海から現ブルターニュ半島に移住(ウェネティ人)

■BC56年 ウェネティ人 カエサル率いるローマ軍に敗北(モルビアン湾の海戦)

■BC56年 ウェネティ人A 現ブルターニュからアドリア海に移住(ヴェネツィア人)
※ヴェネツィアの名の由来はフェニキア

■BC100年 ユリウス家 ユリウス・カエサル生誕

■BC60年 ユリウス家 ユリウス・カエサル、ポンペイウス、クラッススと連合(三頭政治)

■BC58年 ユリウス家 ユリウス・カエサル、ガリア・キサルピナの属州総督に就任(ガリア戦争)

■BC49年 ユリウス家 ユリウス・カエサル、ポンペイウス、元老院との内戦に突入

■BC44年 ユリウス家 ユリウス・カエサル、終身独裁官に就任

■BC28年 ダルダニア人 ローマ帝国の支配下に(ダルダニア王国消滅)

■BC27年 ユリウス家 初代ローマ皇帝、アウグストゥス輩出(ローマ帝国)

■AD68年以降 ユリウス家 ローマ帝国を元老院に乗っ取られ、クラウディウス家と共にローマを脱出

■AD68年以降 ユリウス家A ローマからスコットランドに移住

■AD68年以降 ユリウス家B ローマから日本に移住(葛城氏)
※葛城の名の由来は「カエサル」と「城」の組み合わせ

■AD68年以降 ユリウス家A フォルト・リウのプルトゥス家と連合(フォルト・リウ)
※フォルト・リウの名の由来は「プルトゥス」と「ユリウス」の組み合わせ

■BC1世紀 ウェネティ人B 一部、現ブルターニュからユカタン半島に移住、先祖の故地セロスを継承(セロス人)

■BC1世紀 ウェネティ人B セロスからメキシコに移住(トラシュカラ人)
※トラシュカラの名の由来はテュロス

■AD3世紀 セロス人 パレンケ人、マヤ人と共に、ユカタン半島からブリテン島に移住(ルス人)
※ルスの名の由来はセロス

■AD382年 葛城氏 葛城襲津彦、神宮皇后に命により新羅に遠征

■AD5世紀 葛城氏 葛城襲津彦の娘、磐之媛が仁徳天皇と婚姻関係を結ぶ

■AD5世紀 葛城氏 磐之媛、仁徳天皇との間に大兄去来穂別尊が誕生(履中天皇)

■AD5世紀 葛城氏 磐之媛、仁徳天皇との間に多遅比瑞歯別尊が誕生(反正天皇)

■AD5世紀 葛城氏 磐之媛、仁徳天皇との間に雄朝津間稚子宿禰尊が誕生(允恭天皇)

■AD420年 ルス人 ポラン族と共に、スコットランドに王国を建設(バーニシア王国)

■AD5世紀 ルス人A ポラン族と共にブリテン島から現ウクライナに移住(ポリャーネ族)
※ポリャーネの名の由来はポラン

■AD5世紀 ルス人A 現地人にフェニキア文字のひとつ「キー」を冠する(キエフ)

■AD634年 オマーン人 イスラム帝国の範図に収まる、一部がロシアに移住(アラビア統一)

■AD634年 オマーン人 ロシアに移住し、村を建設(モスクワ)
※モスクワの名の由来はマスカット

■AD634年 ルス人B ベルニシア王国滅亡を機に、スコットランドから現スウェーデンに移住

■AD7世紀 ルス人B スウェーデンの現地人にフェニキア文字のひとつ「ベータ」を冠する(スウェード人)

■AD8世紀 ルス人B 現スウェーデンに移住してきたワリアギと連合

■AD862年 ルス人B ロシアの建国者リューリク、スウェード人を率いてノヴゴロドに侵攻(リューリク朝)

■AD944年 リューリク家 イーゴリ1世とビザンツ帝国、貢納を条件に和平締結(コンスタンティノープル襲撃)

■AD980年 リューリク家 ウラジミール1世、ワリアギを率いてキエフに侵攻(キエフ大公)

■AD1036年 リューリク家 ヤロスラフ1世、ロシア全土を支配(キエフ大公国)

■AD1162年 リューリク家 叔父ロスチスラフ1世がキエフ大公座を巡り、甥イジャスラフ3世を退ける

■AD1168年 リューリク家 戦死と記録されたイジャスラフ3世とその配下の一族は故地スコットランドに移住した(ロージア王国)
※ロージアの名の由来はルス、或いはロシア

■AD1176年 リューリク家 キエフ大公国の大公ユーリー・ドルゴーキーが息子フセフォロド3世に位を授ける(ウラジミール・スーズダリ大公国)

■AD1220年 リューリク家 ウラジミール・スーズダリ大公国にアレクサンドル・ネフスキー生誕

■AD1261年 リューリク家 アレクサンドル・ネフスキーの末子ダニール・アレクサンドロヴィチ生誕(モスクワ公国)

■AD1440年 リューリク家 モスクワ公国にイワン3世生誕(イワン大帝)

■AD1480年 リューリク家 イワン大帝、タタールのくびきからロシアを解放(モスクワ大公国)

■AD15世紀 ホシュート ウクライナ農民を集めて軍事集団を結成(コサック)
※コサックの名の由来は日本語「小作人」

■AD1530年 リューリク家 イワン4世生誕、初代ツァーリに即位(ロシア・ツァーリ国)

■AD1571年 ホシュート ロシア・クリミア戦争でクリミア・ハン国がモスクワを焼き払った(モスクワ大火)
※ロシアに覇を唱えたホシュートの陰謀であり、動乱時代を用意した

■AD1605年 ホシュート イワン雷帝の子息ドミトリー1世を騙り、ツァーリに即位(動乱時代)

■AD1613年 ロマノフ家 ミハイル・ロマノフ、イワン4世の後継者としてツァーリに即位(ロシア帝国)

■AD1671年 コサック ロシア帝国に蜂起した、アタマンのスチェパン・ラージンが四つ裂きになる(ラージンの乱)
※アタマンは指導者の意だが、由来は日本語の「頭」

■AD1917年 ウリャノフ家 ウラジミール・レーニン、社会主義革命を牽引した(ロシア革命)
※ウリャノフの名の由来はアーリア

■AD1918年 ロシア人 ソ連によるコサック弾圧(コサック滅亡)

■AD1922年 ロシア人 世界初の社会主義国家(ソビエト社会主義共和国連邦)

■AD1964年 ロシア人 レオニード・ブレジネフ、第五代最高指導者に就任

■AD1982年 ロシア人 ユーリ・アンドロポフ、第六代最高指導者に就任

■AD1984年 ロシア人 コンスタンティン・チェルネンコ、第七代最高指導者に就任

■AD1991年 ロシア人 ボリス・エリツィン、初代ロシア連邦大統領に就任(ロシア連邦)

■AD2000年 ロシア人 ウラジミール・プーチン、第2代ロシア連邦大統領に就任

■AD2008年 ロシア人 ドミートリー・メドベージェフ、第3代ロシア連邦大統領に就任

■AD2012年 ロシア人 ウラジミール・プーチン、第4代ロシア連邦大統領に就任


Aアシェル族

■BC22世紀 セロス人 ユカタン半島からエジプトに移住、ヘリオポリスに進出(オシリス)
※オシリスの名の由来はセロス

■BC16世紀 セロス人 オシリスを祀る神官団が分離、エジプトからイスラエルに移住(アシェル族)
※アシェルの名の由来はオシリス

■BC701年頃 アシェル族 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 アシェル族A インダス流域に移住(チェーラ人)

■BC7世紀 アシェル族B 天孫族と共にマカオから日向国に移住(天孫降臨)

■BC327年 チェーラ人 アレクサンドル大王の侵攻を機に東西移住計画に参加(コラサン民族の大移動)

■BC3世紀 チェーラ人A 東方ルートに及んでインドに移住

■BC3世紀 チェーラ人B インドからスマトラ島に移住

■BC3世紀 アシェル族B 日向国から現熊本県に移住、阿蘇神社の宮司(阿蘇都比古命)
※阿蘇の名の由来はアシェル

■AD3世紀 アシェル族B 蜀の滅亡を機に日本に移住してきた東漢氏と連合(宇治氏/阿蘇氏)
※ウジの名の由来はヘブライ名「オジ(強者を意味する)」

■AD3世紀 宇治氏 日本から満州に移住(勿吉/ウージ)
※ウージの名の由来は宇治

■AD3世紀 チェーラ人B スマトラ島を拠点にカンボージャ人と連合(シュリーヴィジャヤ)
※シュリーヴィジャヤの名の由来はチェーラとカンボージャの組み合わせ

■AD329年 勿吉/阿蘇氏 日本からモンゴル高原に進出、チベットに移住(吐谷渾/アーザ)
※別称アーザの名の由来はアソ

■AD543年 チェーラ人A プラケシ1世、初代チャールキヤ王に即位

■AD550年 チェーラ人A プラケシ1世、デカン高原から南インドに跨る王朝を開く(前期チャールキア朝)

■AD566年 チェーラ人A キルチヴァルマン1世、第2代チャールキヤ王に即位

■AD597年 チェーラ人A マンガレサ、第3代チャールキヤ王に即位

■AD642年 チェーラ人A パッラヴァ朝に敗北し、一部がインドからモンゴルに移住

■AD683年 シュリーヴィジャヤ人 ダプンタ・ヒャン・スリ・ジャヤナサ、初代シュリーヴィジャヤ王に即位

■AD7世紀 チェーラ人A フェニキア人の軍事集団、オグズ24氏族に参加(サロル)

■AD663年 吐谷渾/アーザ チベット王国の侵攻によって滅亡

■AD702年 シュリーヴィジャヤ人 インドラヴァーマン・チェリトレパモ、第2代シュリーヴィジャヤ王に即位

■AD728年 シュリーヴィジャヤ人 ルドラ・ヴィクラマン・リューテンウェイコン、第3代シュリーヴィジャヤ王に即位

■AD733年 チェーラ人A ヴィクラマディチャ2世、第8代チャールキヤ王に即位

■AD746年 チェーラ人A キトリヴァルマン2世、第9代チャールキヤ王に即位

■AD753年 チェーラ人A ダンティドルガ、第10代チャールキヤ王に即位

■AD753年 チェーラ人C 前期チャールキア朝滅亡を機に、インドから現ザイール河に移住(ザイール)
※ザイールの名の由来はチェーラ

■AD8世紀 吐谷渾/アーザ フェニキア人の軍事集団、オグズ24氏族に参加(ヤゼル)
※オグズはウズとも呼ばれたが、ウズの名の由来は宇治

■AD8世紀 阿史那氏 フェニキア人の軍事集団、オグズ24氏族に参加(セヴァ)
※セヴァの名の由来は司馬氏

■AD8世紀 シュリーヴィジャヤ人 シャイレーンドラ朝の台頭を機に、スマトラ島からインドに移住 

■AD9世紀 ヤゼル ハザール帝国にてオグズ24氏族の同僚セヴァと連合(アシュケナジム)
※アシュケナジムの名の由来は「アシェル」と「キナのシメオン」の組み合わせ

■AD9世紀 アシュケナジム ハザール帝国にユダヤ教を持ち込む(ユダヤ改宗)

■AD9世紀 ザイール人 ザイール流域から北アフリカに移住、後にファティマ朝に参加

■AD973年 ザイール人 ファティマ朝軍人ブルッギーン・イブン・ズィーリ、初代ズイーリ朝君主に即位
※ズイーリの名の由来はザイール

■AD983年 ズイール人 アル=マンスール・イブン・ブルッギーン、第2代ズイーリ朝君主に即位(ズイール朝)
※ズイールの名の由来はザイール

■AD995年 ズイール人 バーディーズ・イブン・マンスール、第3代ズイーリ朝君主に即位

■AD10世紀 アシュケナジム ハザール帝国滅亡を機に、ロシアに移住

■AD10世紀 アシュケナジム ロシアから東欧、ドイツに移住

■AD901年 阿蘇氏 大宮司職を世襲(阿蘇神社)

■AD973年 シュリーヴィジャヤ人 タイラ2世が開いた王朝に参加(後期チャールキア朝)

■AD10世紀 宇治氏 延喜年間に宇治友成が改姓(阿蘇氏)

■AD1015年 ズイール人 一部王族がアルジェリアに移住、イスラム王朝を開く(ハンマード朝)

■AD1108年 ズイール人 ヤフヤー・イブン・タミン、第6代ズイーリ朝君主に即位

■AD1115年 ズイール人 アリー・イブン・ヤフヤー、第7代ズイーリ朝君主に即位

■AD1121年 ズイール人 アブル=ハサン・アル=ハサン・イブン・アリー、第8代ズイーリ朝君主に即位

■AD1148年 ズイール人 シチリア王国のデーン人が侵攻(ズイール朝滅亡)

■AD1189年 シュリーヴィジャヤ人 後期チャールキア朝滅亡を機に、スマトラ島に帰還

■AD1286年 シュリーヴィジャヤ人 スリマト・トリブワラナジャ・マウリ・ワルマデワ、第19代シュリーヴィジャヤ王に即位

■AD1293年 シュリーヴィジャヤ人 シュリーヴィジャヤ滅亡を機に、コーカサスに移住(アゼルバイジャン人)
※アゼルバイジャンの名の由来はシュリーヴィジャヤ

■AD1818年 アシュケナジム 現ドイツにカール・マルクス生誕(マルクス主義)

■AD1847年 アシュケナジム マルクスが国際秘密結社の結成を決議(共産主義者同盟)

■AD1856年 アシュケナジム オーストリアに精神分析のパイオニア、ジグムント・フロイト生誕

■AD1859年 アシュケナジム 現ポーランドにエリエゼル・レヴィ・ハメンホフ生誕(エスペラント)

■AD1883年 アシュケナジム 現チェコ・プラハに作家フランツ・カフカ生誕
※アカイア人による異分子排除を作品に著した

■AD1886年 アシュケナジム フロイトが自由連想法を開発(精神分析)

■AD1895年 アシュケナジム フロイト、ヒステリーが幼児期の性的虐待に起因すると発表(トラウマ)
※アカイア人による異分子排除の闇に迫った

■AD1900年 アシュケナジム フロイトが著書「夢分析」を発表

■AD1991年 アゼルバイジャン人 アヤズ・ムタリボフ、初代アゼルバイジャン大統領に就任

■AD1992年 アゼルバイジャン人 アブルファズ・エルチベイ、第2代アゼルバイジャン大統領に就任

■AD1992年 アゼルバイジャン人 ハサン・ハサノフ、初代アゼルバイジャン首相に就任

■AD1992年 アゼルバイジャン人 ラヒム・フセイノフ、第2代アゼルバイジャン首相に就任

■AD1993年 アゼルバイジャン人 ヘイダル・アレイエフ、第3代アゼルバイジャン大統領に就任

■AD1993年 アゼルバイジャン人 パナハ・フセイノフ、第3代アゼルバイジャン首相に就任

■AD2003年 アゼルバイジャン人 イルハム・アレイエフ、第7代アゼルバイジャン首相に就任

■AD2003年 アゼルバイジャン人 イルハム・アレイエフ、第4代アゼルバイジャン大統領に就任

■AD2003年 アゼルバイジャン人 アルチュール・ラシザデ、第8代アゼルバイジャン首相に就任




Bトリツ族


■BC33世紀 セロス人 ティカル人、セイバル人、ユート族と共にモハス平原、ユカタン半島からアイルランドに帰還(ヒベルニア)

■BC32世紀 セロス人 ティカル人、スバル人、メトセラ族、ハミ人、エノク族、セト族、ヤレド族と連合、北極海探検隊を結成

■BC32世紀 セロス人 北極海ルートを介し、レナ河に移住(チュルク族)
※チュルクの名の由来はセロス

■BC32世紀 セロス人 北極海ルートを介し、黒龍江に移住(トリツ族)
※トリツの名の由来はセロス

■BC26世紀 トリツ族 古代中原に南下、ヤペテ族の河姆渡文化に合流(太陽神三足鳥、ヤタガラス)

■BC12世紀 トリツ族 一部がインドに移住、アーリア人の集団に参加

■BC12世紀 トリツ族 バーラタ族と連合し、プール、ブリグ、マツヤ、ドルヒユ、パルシュ、ダーサ、パニ、アリナ、アヌ、バラーナと交戦(十王戦争)

■BC12世紀 トリツ族 バーラタ族がプール族と同盟したのを機に、インドから現トラキアに移住(トラキア人)
※トラキアの名の由来はトリツ

■BC460年 トラキア人 テレス1世、オドリュサイ国王に即位(オドリュサイ王国)
※オドリュサイの名の由来はトラキア

■BC359年 トラキア人 ケルソブレプテス、第10代オドリュサイ国王に即位

■BC351年 トラキア人 テレス2世、第14代オドリュサイ国王に即位

■BC149年 トラキア人 テレス3世、第23代オドリュサイ国王に即位

■AD46年 トラキア人 ローマ軍侵攻を機にトラキアを脱出(オドリュサイ王国滅亡)

■AD260年 トラキア人 トラキアからゲルマニアに移住(チューリンギア族)
※チューリンゲンの名の由来はトラキア

■AD630年 チュルク人A 突厥の東西分裂を機に、阿史那氏A、タタール人と共にアメリカ大陸に向かう(チュルク民族の大航海時代)

■AD7世紀 チュルク人A メキシコ中央高地に都市を建設(トゥーラ)
※トゥーラの名の由来はチュルク

■AD8世紀 トルテカ人 メキシコ中央高地に王国を建設(トルテカ帝国)

■AD10世紀 トルテカ人 羽毛ある蛇を奉るトピルツィン王が戦士集団を率いてユカタン半島を支配

■AD1156年 トルテカ人 チチェン・イツアーがトルテカ帝国に侵攻(トゥーラ破壊)

■AD1224年 トルテカ人 チチェン・イツァーに侵攻、イツァー人が現マヤパンに移住(チチェン・イツァー放棄)

■AD13世紀 トルテカ人 ユカタン半島からアフガンに移住、ギルザイ族に参加(トゥーラーン族)
※トゥーラーンの名の由来はトゥーラ

■AD1709年 トゥーラーン/ホータキ族 ホータキ族が蜂起、王朝を開く(ホターキー朝)

■AD1738年 トゥーラーン族A ホータキ朝滅亡を機に、アフガンからギリシアに移住

■AD1770年 トゥーラーン族A ギリシア最強の軍事指導者としてロシアの後ろ盾を得てオスマン・トルコ帝国に蜂起(オルロフの反乱)

■AD1770年 トゥーラーン族C オルロフの乱失敗後に、一部がギリシアからオーストリアに移住

■AD1889年 トゥーラーン族C アドルフ・ヒトラー生誕
※ヒトラーの名の由来はトゥーラーン

■AD1894年 トゥーラーン族A アフメド・ルザ、国外に逃亡し、海外で活動(統一と進歩委員会)

■AD1905年 トゥーラーン族A メフメト・タラート・パシャ、現テッサロニキで結成(オスマン自由委員会)

■AD1907年 トゥーラーン族A ムスタファ・ケマル・アタチュルク、上級大尉に昇進
※ケマルの名の由来はトゥーラーン族の拠点にあるグマル川

■AD1908年 トゥーラーン族A スルタンに蜂起、専制政治を放棄させた(青年トルコ人革命)

■AD1909年 青年トルコ 一時はイスタンブールから追放されたが、クーデターを鎮圧

■AD1912年 トゥーラーン族C ヘルマン・ポール、反ユダヤ主義の秘密結社を設立(ゲルマン騎士団)

■AD1919年 トゥーラーン族C アドルフ・ヒトラー、ドイツ労働者党を訪問

■AD1920年 トゥーラーン族C アドルフ・ヒトラー、ドイツ労働者党の指導者に就き改名を主張(ナチス党/国家社会主義ドイツ労働者党)

■AD1920年 青年トルコ ムスタファ・ケマル・アタチュルク、初代トルコ首相に就任

■AD1923年 ナチス党 ルーデンドルフ、ヒトラーが参加したドイツ闘争連盟が起こしたクーデター未遂事件(ミュンヘン一揆)

■AD1923年 青年トルコ ムスタファ・ケマル・アタチュルク、初代トルコ共和国大統領に就任(トルコ共和国)

■AD1933年 ナチス党 政権獲得後、独裁政権を敷く(ナチス・ドイツ帝国)

■AD1934年 ナチス党 アドルフ・ヒトラー、総統兼首相に就任

■AD1938年 青年トルコ イスメト・イノニュ、初代、第2代、第4代、第5代、第6代、第7代、第8代トルコ共和国首相に就任

■AD1923年 青年トルコ ムスタファ・ケマル・アタチュルク、人民党を設立(共和人民党)

■AD1924年 共和人民党 フェトヒ・オクヤル、第3代トルコ共和国首相に就任

■AD1937年 共和人民党 ジェラル・バヤル、第9代、第10代トルコ共和国首相に就任

■AD1938年 共和人民党 イスメト・イノニュ、第2代トルコ共和国大統領に就任

■AD1939年 共和人民党 レフィク・サイダム、第11代、第12代トルコ共和国首相に就任

■AD1961年 共和人民党 イスメト・イノニュ、第26代、第27代、第28代トルコ共和国首相に就任

■AD1973年 トゥーラーン族B ムハンマド・ダーウードが王族を追放(アフガンスタン共和国)

■AD1974年 共和人民党 ビュレント・エジェヴィト、第37代トルコ共和国首相に就任

■AD1977年 共和人民党 ビュレント・エジェヴィト、第40代トルコ共和国首相に就任

■AD1978年 共和人民党 ビュレント・エジェヴィト、第42代トルコ共和国首相に就任

■AD1978年 トゥーラーン族B ムジャーヒディーンが蜂起(アフガンスタン紛争)

■AD1979年 トゥーラーン族B ソ連軍の支援を受けて形成された武装勢力(ターリバーン)

■AD1996年 トゥーラーン族B ターリバーン政権成立(アフガニスタン・イスラーム首長国)

■AD1999年 共和人民党 ビュレント・エジェヴィト、第56代、第57代トルコ共和国首相に就任



チューリンギア族


■AD400年代 チューリンギア族 国家を建設、フン族滅亡の際にフン族を奴隷として重用(チューリンギア王国)

■AD460年 チューリンギア族 ビシヌス生誕、後にチューリンギア王に即位

■AD480年 チューリンギア族 バデリック生誕、後にチューリンギア共同王に即位

■AD507年 チューリンギア族 ヘルマンフリッド、バデリックと共にチューリンギア共同王に即位

■AD529年 チューリンギア族 バデリック死去を機に、単独の王として君臨

■AD531年 チューリンギア族 フランク族の侵攻により滅亡(チューリンギア王国滅亡)

■AD7世紀 チューリンギア族 再度、フランク族から独立を勝ち取る

■AD785年 チューリンギア族 ハルドラッド、指揮者としてシャルルマーニュ皇帝に蜂起するが失敗

■AD785年 チューリンギア族 ハルドラッド、敗北を機にフランク王国からエジプトに移住(トゥールーン家)
※トゥールーンの名の由来はチューリンギア

■AD868年 チューリンギア族 アフマド・イブン=トゥールーン、アッバース朝治世下で事実上の独立政権を樹立(トゥールーン王朝)

■AD884年 トゥールーン家 フマーラワイフ、第2代アミールに即位

■AD896年 トゥールーン家 アブール・アシル、第3代アミールに即位

■AD896年 トゥールーン家 ハルン、第4代アミールに即位

■AD904年 トゥールーン家 ハルン、第5代アミールに即位

■AD905年 トゥールーン家 ハルン、アッバース朝軍にエジプトを制圧され、王族はイラクに連行された(トゥールーン朝滅亡)

■AD10世紀 トゥールーン家 イラクでアルスラーン家を形成
※アルスラーンの名の由来はアルとトゥールーンの組み合わせ

■AD1092年 アルスラーン家 アルプ・アルスラーン、スライマーン1世を倒し、ルーム・セルジューク朝に君臨(クルチ・アルスラーン1世)

■AD1156年 アルスラーン家 クルチ・アルスラーン2世、ルーム・セルジューク朝の第3スルターンに即位

■AD1161年 アルスラーン家 アルスラーン・シャー、イラク・セルジューク朝の第8スルターンに即位

■AD1192年 アルスラーン家A クルチ・アルスラーン2世死去を機に、一部氏族がフランスに移住(ラ・トゥール家)
※トゥールの名の由来はチューリンギア

■AD1206年 ラ・トゥール家 ベルトラン1世、ラ・トゥールの所領を営む領主

■AD1308年 アルスラーン家 マスウード3世死去(ルーム・セルジューク朝消滅)

■AD1308年 アルスラーン家A アナトリア半島から故地チューリンギアに帰還

■AD1308年 アルスラーン家B アナトリア半島から故地エジプトに帰還

■AD1378年 アルスラーン家A クリスチャン・ローゼンクロイツ生誕
※クリスチャンの名の由来はクルチ

■AD1390年 アルスラーン家B ザーヒル・バルクーク、マムルーク朝初代スルタンに即位(チェルケス・マムルーク朝)
※トゥールーン朝以来、二度目のエジプト支配を確立、チェルケスの名の由来はチュルク

■AD1399年 アルスラーン家B ナースィル・ファラジュ、マムルーク朝第2代スルタンに即位

■AD1405年 アルスラーン家B マンスール・アブド・アルアズイーズ、マムルーク朝第3代スルタンに即位

■AD1437年 ラ・トゥール家 ベルトラン4世、オーヴェルニュ伯領とブローニュ伯領を獲得(ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家)

■AD1501年 アルスラーン家B アシュラフ・カーンスーフ・ガウリー、マムルーク朝第24代スルタンに即位

■AD1516年 アルスラーン家B アシュラフ・トゥーマーンバーイ、マムルーク朝第25代スルタンに即位

■AD1516年 アルスラーン家B アシュラフ・トゥーマーンバーイ、セリム1世率いるオスマン軍に敗北(オスマン・マムルーク戦争)

■AD1516年 アルスラーン家B チェルケス・マムルーク朝滅亡を機に、エジプトからドイツに移住、先発隊と合流

■AD1591年 ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家 アンリ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ、スダン公の娘シャルロットと結婚

■AD1611年 ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家 テュレンヌ子爵、アンリと後妻エリザベートの次男としてスダン城にて生誕

■AD1614年 アルスラーン家 怪文書「全世界の普遍的かつ総体的改革」と付録「友愛団の名声」を刊行(薔薇十字団)

■AD1618年 薔薇十字団 ドイツを舞台とした宗教戦争が勃発(三十年戦争)

■AD1645年 ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家 テュレンヌ子爵、スウェーデンとのドイツ戦役

■AD1667年 ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家 テュレンヌ子爵、ネーデルラント侵攻を指揮、短期間で諸都市を陥落(ネーデルラント継承戦争)

■AD1672年 ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家 テュレンヌ子爵、ルイ14世と共にオランダに進軍(オランダ侵略戦争)

■AD1675年 ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家 テュレンヌ子爵死去

■AD1758年 薔薇十字団 サン・ジェルマン伯爵、シャンボール城を化学実験室に

■AD1760年 薔薇十字団 サン・ジェルマン伯爵、ショワズール公爵によって汚名を着せられ、オランダに逃亡

■AD1777年 薔薇十字団 アレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵、フリーメイソンに参加(エジプト・メイソンリー)

■AD1785年 薔薇十字団 アレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵、詐欺事件によって失脚(首飾り事件)

■AD1791年 薔薇十字団 アレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵、宗教裁判により投獄

■AD18世紀 薔薇十字団 アドルフ・ランツ、アーリア人による世界革命を唱えた過激組織を設立(新聖堂騎士団)

■AD18世紀 薔薇十字団 グイド・フォン・リスト、アーリア人による国家建設を目的に活動(リスト協会)

■AD1918年 薔薇十字団 アーウィン・トーレ、ゲルマン騎士団バイエルン支部を設立(トゥーレ協会)
※トーレ、トゥーレの名の由来はトゥール

■AD1918年 トゥーレ協会 レーテ共和国宣言に対し「闘争同盟」の中心となった

■AD1919年 トゥーレ協会 労働者階級を標的にした広報活動の一環として党を組織(ドイツ労働者党)

■AD1937年 トゥーレ協会 ナチスにより活動が禁止された(トゥーレ協会解散)


フェニキア人の歴史

名前を知って歴史を知る。この方法でテュロス人の足跡を辿ると以下のような結果が出た。


@カドモス族

■BC1085年 カドモス族 ポイニクス族と共にテュロスからテーベに侵攻(アメン司祭国家)

■BC1085年 カドモス族 ポイニクス族と共にテーベからスーダンに侵攻(ソドム滅亡)

■BC1085年 カドモス族A ポイニクス族と共にテーベからギリシアに移住(テーバイ人)
※テーバイの名の由来はテーベ

■BC1085年 カドモス族B テーバイからエリスに移住、現地人にフェニキア文字のひとつプシーを冠する(ピサ)
※ピサの名の由来はプシー

■BC10世紀 フェニキア人 フェニキア人の勢力圏が「太陽神アメンの領域」と称される(アマゾン)

■BC10世紀 テーバイ人 マイナデスが集団でオルフェウスを惨殺

■BC743年 カドモス族B 第一次メッセニア戦争を機にエリスから現イリュリアに移住(イリュリア人)
※イリュリア人の名の由来はエリス

■BC743年 カドモス族C 第一次メッセニア戦争を機にエリスからインドに移住(太陽神ヴィシュヌ)
※ヴィシュヌの名の由来はピサ、或いはプシー

■BC701年頃 テーバイ人 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC479年 テーバイ人 ぺルシア軍と同盟したがギリシア軍に敗北(プラタイアの戦い)

■BC431年 テーバイ人 スパルタと同盟、アテナイと交戦(第二次ペロポネソス戦争)

■BC427年 テーバイ人 因縁深いプラタイアを占領、破壊した

■BC424年 テーバイ人 アテナイ軍を破り、テーバイの軍事力を誇示(デリオンの戦い)

■BC404年 テーバイ人 ペロポネソス戦争の勝利者スパルタのアテナイ併合を知り、同盟を破棄

■BC395年 テーバイ人 コリントスと共にスパルタに対して蜂起(コリントス戦争)

■BC371年 テーバイ人 スパルタを撃破し、軍事的頂点に達する(レウクトラの戦い)

■BC356年 テーバイ人 フォキスと交戦(第三次神聖戦争)

■BC339年 テーバイ人 アテナイの指導者デモステネスが反マケドニア同盟をテーバイに持ちかける

■BC338年 テーバイ人 テーバイ・アテナイ連合軍がマケドニア軍に敗北(カイロネイアの戦い)

■BC335年 テーバイ人 アレクサンドロスの徹底した破壊により、テーバイが消滅

■BC4世紀 テーバイ人 一部が荒廃したテーバイからアラビア半島に移住(ドバイ)
※ドバイの名の由来はテーバイ

■BC4世紀 テーバイ人 一部が荒廃したテーバイからアラビア半島に移住(アブダビ)
※アブダビの名の由来は「父なるテーバイ」

■BC4世紀 テーバイ人 一部が荒廃したテーバイからイベリア半島に移住、カルタゴ人と連合(コルドバ)

■BC4世紀 テーバイ人 一部が荒廃したテーバイからアドリア海に移住、セルビア人に合流(トレビニュ)

■AD6世紀 カドモス族C ヴィシュヌを祀っていた神官団が、インドからアドリア海に移住(ボスニア)
※ボスニアの名の由来はヴィシュヌ

■AD731年 コルドバ人 ウマイヤ朝の王族ムアーウィアに接近、自身の血統を打ち立てる(アブド・アッラフマーン1世)

■AD750年 アブド・アッラフマーン1世 アッバス朝がウマイヤ朝を滅ぼす、残党狩りが熾烈を極める(アッバス革命)

■AD756年 アブド・アッラフマーン1世 ベルベル人に迎えられ、コルドバを首都に王朝を開く(後ウマイヤ朝/コルドバ王国)

■AD1056年 コルドバ人 イベリア半島からアドリア海に移住、ボスニア人に合流(コルドバ王国消滅)

■AD1250年 ボスニア人 プリイェズダ1世、初代ボスニア首長の座に就く

■AD1377年 ボスニア人 トヴルトコ1世、初代ボスニア王に即位(ボスニア王国)

■AD1391年 ボスニア人 ダビサ、第2代ボスニア王に即位

■AD1395年 ボスニア人 グルーバ、第3代ボスニア王に即位

■AD1421年 ボスニア人 トヴルトコ2世、第8代ボスニア王に即位

■AD1443年 ボスニア人 トーマス、第9代ボスニア王に即位

■AD1461年 ボスニア人 トマセヴィク、第10代ボスニア王に即位

■AD15世紀 オスマン・トルコ帝国 バルカン半島に侵攻

■AD16世紀 オスマン・トルコ帝国 ボスニアを支配下に置く、一部ボスニア人はアドリア海を脱出(ボスニア州)

■AD1878年 ハプスブルグ家 オーストリア帝国、ボスニア・ヘルツェゴビナを軍事占領

■AD1943年 ボスニア人 ユーゴスラヴィア民主連邦建国(ボスニア・ヘルツェゴビナ人民解放国家反ファシスト委員会)

■AD1945年 ボスニア人 ボスニア・ヘルツェゴビナ人民共和国

■AD1946年 ボスニア人 ユーゴスラヴィア連邦人民共和国

■AD1963年 ボスニア人 ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国(ボスニア・ヘルツェゴビナ社会主義共和国)

■AD1991年 ボスニア人 ユーゴスラヴィア紛争

■AD1992年 ボスニア人 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(スレプレニツァの虐殺)
※アメリカ介入

■AD1995年 ボスニア人 ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とセルビア人のスルプスカ共和国成立


Aポイニクス族

■BC1100年 ポイニクス族B テュロスから現リビアに移住、現地人にフェニキア文字のひとつランブダを冠する(レプティス族)

■BC1100年 ポイニクス族C テュロスから現リビアに移住、現地人にフェニキア文字のひとつオメガを冠する(マグナ人)

■BC1085年 ポイニクス族A カドモス族と共にテュロスからテーベに侵攻(アメン司祭国家)

■BC1085年 ポイニクス族A カドモス族と共にテーベからスーダンに侵攻(ソドム滅亡)

■BC1085年 ポイニクス族D カドモス族と共にテーベからギリシアに移住(テーバイ人)

■BC1085年 ポイニクス族D テーバイを中心に勢力伸張(ボイオーティア)

■BC13世紀 レプティス族A 現リビアからイスラエルに移住、イスラエル12支族に参加(レビ族)

■BC11世紀 レプティス族B 現リビアからテッサリアに移住(ラピテース族)

■BC11世紀 マグナ人 現リビアからアッティカに移住(メガラ/BC685年)

■BC10世紀 フェニキア人 フェニキア人の勢力圏が「太陽神アメンの領域」と称される(アマゾン)

■BC10世紀 レプティス族 オルフェウスの首がレスボス島に漂着(オルフェウス教団)
※レスボス島の住人がオルフェウス教団を乗っ取ったことを意味する

■BC950年 メシュウェシュ人 エジプト第22王朝樹立

■BC950年 ポイニクス族E エジプト第22王朝樹立を機に、テーベからヌビアに移住

■BC950年 ポイニクス族E スーダンの現地人にフェニキア文字のひとつクシーを冠する(クシュ人)

■BC9世紀 ポイニクス族A チュニジアに移住、コリントス人、チェケル人、マゴ家と連合(カルタゴ、ポエニ人)

■BC701年頃 ポエニ人 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC701年頃 レビ族 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC7世紀 フェニキア人 フェニキア人の船団、ライン河畔から現ポメラニアに到着(残留者:ポエニ人、ウルクのシュメール人、カナンのシュメール人、ビュブロス人、ルーベン族、レビ族、ガド族)

■BC7世紀 レビ族A 現ポメラニアからドイツ北部に移住(リューベック)

■BC7世紀 フェニキア人 フェニキア人の船団、ジャワ島からマカオに到着(残留者:マゴ家、テーバイ人、ポエニ人、ルーベン族、レビ族、アシェル族、ガド族、イッサカル族、ウルクのシュメール人、アッカド人、ダン族)

■BC7世紀 レビ族B ルーベン族と共に、マカオから海南島に移住

■BC7世紀 レビ族B ブギス族と陸奥安倍氏の軍事集団「百越」に参加

■BC7世紀 オルフェウス教団 クシュ人の東西移住計画に参加(クシュ人の大航海時代)

■BC7世紀 クシュ人 クシュ人の船団、アラビア半島からセイロン島に到着(残留者:クシュ人、ルカ人、オルフェウス教団)

■BC7世紀 オルフェウス教団 セイロン島からインドに移住、創始神を創作(梵天/ブラフマン)
※自身の神を世界の創始者に設定することで先発隊の神々を退けた

■BC7世紀 クシュ人 クシュ人の船団、マレー半島から中国に到着(残留者:オルフェウス教団)

■BC7世紀 オルフェウス教団 古代中原に移住、創始神を創作(盤古)

■BC7世紀 クシュ人 クシュ人の船団、中国から日本列島に到着(残留者:クシュ人、オルフェウス教団)

■BC7世紀 オルフェウス教団 畿内に移住、創始神を創作(イザナギとイザナミ)

■BC7世紀 オルフェウス教団 モンゴル高原からチベット方面に移住(テイ族、タングート族)
※テイとタングートの名の由来はティタン

■BC6世紀 レビ族B ビン人の軍事集団「倭人」に参加

■BC219年 黎族 秦の百越侵攻を機に、満州に移住(李氏)
※李の由来は黎

■BC75年 リビア人 ローマ占領を機に、リビアからライン河畔に移住(リプアリ族)
※リプアリの名の由来はリビア

■BC1世紀 リプアリ族 西方移住計画に参加したフリギア人と連合(リプアリ・フランク族)

■AD1世紀 ラーオ族 満州に移住したブギス族と連合(ユウロウ)
※ユウロウの名の由来はブギス族の支流ユウとラーオの組み合わせ

■AD1世紀 ラーオ族 満州に来た李氏と連合(ローラン)
※ローランの名の由来は「リ」と「ラーオ」の組み合わせ

■AD300年頃 ローラン ジュシャン人と連合(柔然/ローラン)
※柔然の名の由来はジュシャン

■AD300年頃 ローラン 追放されたジュシャン人が代国に取り入る(長孫氏)
※長孫の名の由来はジュシャン

■AD304年〜347年 テイ族 五胡十六国時代に李雄によって建設(成漢)

■AD351年〜394年 テイ族 五胡十六国時代に苻洪によって建設(前秦)

■AD384年〜403年 テイ族 五胡十六国時代に呂光によって建設(後涼)

■AD391年 長孫氏 長孫嵩、北魏の将軍として柔然討伐を指揮

■AD394年 李氏 ローランが2勢力に分裂、ラーオ族は柔然を継承

■AD394年 李氏 ローランが2勢力に分裂、李氏は残留組とベトナム帰還組に分離

■AD4世紀 李氏 残留組と亀茲人と連合、武川鎮軍閥に参加(柔玄/ルークシャン)
※ルークシャンの名の由来は李と亀茲の組み合わせ

■AD4世紀 李氏 残留組がタングート族を併合

■AD494年 ローラン 勿吉の台頭を機にモンゴル高原に移住、扶余と連合(普六茹氏)
※プリンルの名の由来はペー、リー、ラーオの組み合わせ

■AD5世紀 李氏 リ・フンがベトナムに王朝を開く(前李朝)

■AD618年 李氏 武川鎮軍閥の李淵、隋を倒して皇帝を称する(唐)

■AD712年 李氏 玄宗の治世、唐の絶頂期(開元の治)

■AD751年 李氏 玄宗、トゥーラーンの支配権を巡ってアッバース朝と争うが、敗北(タラス河畔の戦い)

■AD732年 リプアリ族 ロベールがハスペンゴウ公に(ロベール家)

■AD8世紀 ロベール家 カロリング家台頭を機にパッラヴァ人と共にフランスからリビアに移住

■AD8世紀 ロベール家 第六代イマームの長子イスマイールのイマーム位継承を支持(イスマイール派)

■AD8世紀 ロベール家 グラブフェルトのポッポ生誕(バーベンベルク家)

■AD800年 パッラヴァ人 チュニジアに王朝を建設(アグラブ朝)
※アグラブの名の由来はパッラヴァ

■AD866年 ロベール家 ロベール1世生誕、西フランク王国国王に(ロベール朝)

■AD907年 李氏 五代十国の分裂時代に入る(唐滅亡)

■AD907年 李氏 唐時代に関係があった阿史那氏に率いられ、新羅の全州金氏、閔氏などと共にシルクロードを横断、北欧を目指す

■AD10世紀 李氏 新羅の全州金氏、閔氏などと共にリトアニア王としてリトアニアを統治(リトアニア王国)

■AD11世紀 全州金氏 第三代リトアニア王、ギムプタスを輩出
※ギムの名の由来はキム、ギムプタスは金プタス

■AD909年 イスマイール派 イスマイール派教宣運動の指導者ウバイドゥッラーがマフディーを宣言(ファーティマ朝)

■AD980年 黎族 丁朝に仕えていたレ・ホアンが王朝を開く(前黎朝)

■AD1009年 李氏 北部ベトナムに君臨していたリー・コンウァンが前黎朝の軍を掌握(李朝)

■AD1038年 タングート族 首長、李ゲンコウが中国西北部に王朝建設(西夏)

■AD1143年 レビ族A ホルシュタイン伯アドルフがリューベックに街を建設

■AD1159年 レビ族A ザクセン公ハインリヒ獅子公が火災で荒廃したリューベックを買い取り、新たに都市を建設

■AD12世紀 閔氏 第六代リトアニア王、ミンガイラスを輩出
※ミンの名の由来は閔、ミンガイラスは閔ガイラス

■AD1227年 レビ族A リューベックが帝国都市としての地位を獲得

■AD1236年 閔氏 初代リトアニア大公、ミンダウガス生誕(リトアニア大公国)
※ミンの名の由来は閔、ミンダウガスは閔ダウガス

■AD1241年 レビ族A ルーベン族の都市ハンブルグがリューベックと商業同盟を結ぶ

■AD1269年 朱氏 第四代リトアニア大公シュヴァルナス、権力闘争により中国に帰還
※シュの名の由来は朱、シュヴァルナスは朱ヴァルナス

■AD1358年 レビ族A 都市ハンザが統合(ハンザ同盟)

■AD1362年 ハンザ同盟 ハンザ同盟都市ウィズビュー占領を機に、デンマークと交戦

■AD1368年 朱氏 朱元璋が紅巾族を率いて元を倒し、王朝を開く(明)
※明の名の由来は東明聖王、つまり太陽神アメン

■AD1370年 ハンザ同盟 シュトラールズンド条約締結を機に、全盛期を迎えた

■AD1428年 黎族 黎利が挙兵、国号を大越とした(後黎朝前期)

■AD15世紀 ハンザ同盟 カルマル同盟に敗北、バルト海の覇権を喪失

■AD1532年 黎族 黎寧を擁立、反莫運動を展開(後黎朝後期)

■AD1923年 李氏 シンガポールにリー・クァンユー生誕 

■AD1942年 リビア人 ムハンマル・アル=カッザーフィー生誕(カダフィ大佐)

■AD1954年 李氏 リー・クァンユー、中産階級グループと共に人民行動党を設立

■AD1965年 李氏 リー・クァンユー、独立宣言(シンガポール共和国)

■AD1969年 リビア人 カッザーフィー、同志の将校たちと共にクーデター決行(リビア・アラブ共和国)

■AD1977年 リビア人 カッザーフィー、ジャマーヒリーヤを指導理念に導入(社会主義リビア・アラブ・ジャマーヒリーヤ国)

■AD1986年 リビア人 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国に改名


Bエウロペ族

■BC15世紀 エウロペ族 テュロスからエウボイア島に移住(エウボイア人)

■BC15世紀 エウボイア人 エーゲ海を出発し、アフリカ大陸探検の旅に出る(第一次エウボイア人大航海時代)

■BC15世紀 エウボイア人A エウボイア島からイスラエルに移住、現地人にフェニキア文字のひとつアルパを冠する(ルーベン族)

■BC15世紀 エウボイア人B エウボイア人の船団が西アフリカに到着、現ナイジェリアに移住(イボ人)
※イボの名の由来はエウボイア

■BC13世紀 ルーベン族 イスラエル12支族に参加(イスラエル王国)

■BC10世紀 フェニキア人 フェニキア人の勢力圏が「太陽神アメンの領域」と称される(アマゾン)

■BC710年頃 エウボイア人C エレトリアとイオニア人のハルキスと交戦(レラントス戦争)

■BC701年頃 ルーベン族 フェニキア人の東西移住計画に参加(フェニキア人の大航海時代)

■BC650年頃 エウボイア人C レラントス戦争でイオニア人に敗北、エウボイア島を脱出して東西移住を計画(第二次エウボイア人大航海時代)

■BC4世紀 エウボイア人C エーゲ海から現ナイジェリアに移住、現地人に皇祖エウロペの名を冠する(ヨルバ人)
※ヨルバの名の由来はエウロペ

■BC4世紀 エウボイア人D エーゲ海から日本に移住、現地人に皇祖エウロペの名を冠する(卜部氏)
※卜部の名の由来はエウロペ

■AD3世紀 卜部氏 中臣氏、蘇我氏の台頭を機に、多氏のジャワ島移住計画に参加(大和人の大航海時代)

■AD3世紀 卜部氏 ジャワ島で満州から来たイェマックと合流

■AD3世紀 卜部氏 ジャワ島を出発し、太平洋を横断、ユカタン半島に移住

■AD4世紀 卜部氏 ティオティワカンの侵攻を機に、多氏の東方移住計画に参加(マヤ人の大航海時代)

■AD4世紀 卜部氏 ユカタン半島からブリテン島・コーンウォールに移住(URIBE姓)

■AD807年 卜部氏 中臣氏に接近し、自身の血統を打ち立てる(卜部平麻呂)

■AD9世紀 ヨルバ人 ジンバブエから現ナイジェリアに移住してきた陸奥安倍氏と連合

■AD13世紀 ヨルバ人 イフェ王オドゥドゥワに接近、自身の血統を打ち立てる(オラニャン王)

■AD1400年 ヨルバ人 オドゥドゥワ王の末っ子、オラニャンが王国を建設(オヨ王国)
※オヨの名の由来は奥羽

■AD1348年 卜部氏 卜部氏17代、吉田兼煕生誕(吉田家)

■AD1435年 卜部氏 吉田神道の創始者、吉田兼倶生誕(吉田神道)

■AD1535年 卜部氏 吉田家9代当主、吉田兼見生誕(兼見卿記)

■AD16世紀 卜部氏 吉田兼見、織田信長の推挙により堂上の家格を獲得

■AD1728年 ヨルバ人 オヨ王国がダホメー王国を服属させる

■AD19世紀 ヨルバ人 ソンガイ帝国のオヨ王国侵攻を阻止

■AD1830年 ヨルバ人 ダホメー王国がオヨ王国に侵攻(オヨ王国滅亡)

■AD19世紀 ヨルバ人 ナイジェリアからジンバブエに帰還(モザンビーク)

■AD1962年 モザンビーク人 独立を目指す3組織が統一、結成された(モザンビーク解放戦線)

■AD1964年 モザンビーク人 北部のマコンデ族と連合(独立戦争)

■AD1975年 モザンビーク人 モザンビーク独立(モザンビーク人民共和国)

■AD1990年 モザンビーク人 憲法改正により、複数政党制を認める(モザンビーク共和国)

■AD2002年 URIBE姓 アルヴァロ・ウリベ、第31代コロンビア大統領に就任























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