「ただの個人的な研究ですから(すべて仮説)」
デーン人は、現生人類との長年の混血により強い征服本能が消滅してしまうことがある。文明を作れと命令するのは神官
を兼務する諜報員部隊、デーン人だが、文化を作るのは現生人類であるため、それぞれの文化は共通点が無いことも多い。



◎ネアンデルタール人神官団(氷河期)
数十万年前〜

◇洞窟信仰神官団

動物には墓が無い。つまり、人間にも本来、墓は必要ない。墓や供養だけでなく、神も宗教も必要ない。供養は、さまざまな利権
を起動させるため以外何の価値もないが、この供養というものを始めたのは、デーン人の祖であり、我々、現世人類とは異なる人
類、ネアンデルタール人である。教科書にもネアンデルタール人が仲間を穴に葬り、花束などを添える絵などを見かける。ぼくも
過去にはそれを見て、「優しい原始人だな」と、一種の感動を覚えたこともあるが、実際には現在の宗教と同様、それは単なる見
せ掛けの安らぎであり、真の安らぎとは無縁だっただろう。
おそらく、彼らは数万年前から精霊信仰神官団の前身となった簡単な神官団を形成し、見返りの要求を前提としたうえで、供養に
纏わる儀式をすべて取り仕切り、必要の無い供養を知識の無い弱者に強制し、暴利をむさぼっていたのだろう。現在の宗教の
元型は、都市はおろか、村落の原型さえ見かける以前の、はるか数万年前に完成していたのだ。
基本的に、現生人類はいつでも埋葬などは必要としなかったと考えられるが、そんな現生人類が仲間を埋葬していたという。だが、
これは現生人類が高い文化を持っていたということではなく、既にネアンデルタール人の神官団が現生人類を宗教によって支配
していたということに他ならない。
宗教の特徴として、遊牧民の家畜管理技術が応用されていることがある。弱者(家畜)を保護し、弱者のリーダーを排除すること。
つまり、数万年前に遊牧を開始したネアンデルタール人が神を発明、神官団を形成した。遊牧は宗教の原型なのだ。宗教は現世人
類の遊牧だ。ネアンデルタール人による最古の信仰は何だったかと問われれば、それは洞窟信仰だろう。洞窟信仰はその後、精霊
信仰を生み出し、洞窟信仰は精霊信仰神官団・サーミ人や月信仰神官団・ベドウィン族に継承され、更に精霊信仰が、太陽、蛇、
牡牛、山岳、樹木、巨石と、様々な信仰を生んだ。

宗教(洞窟信仰)



◎古代デーン人神官団(スコーネ)
BC3万年〜

精霊信仰神官団(サーミ人・ベドウィン族の祖。一番古くて初期には力があった神官団だったかもしれない。精霊信仰から各々の神官団が独立したのだろう。)
蛇信仰神官団(アボリジニ・ドルイド教の祖。彼らはアボリジニの祖となり、ドルイド教の祖となった。エジプトでは第1世代ヘリオポリス神官団の座に就く。)
太陽信仰神官団A(ホルス神やヴェーダの宗教の祖。古代スラブ人は第2世代メンフィス神官団の座に就き、テーベにも進出。ソグド人は新規にミトラ教を形成。)
太陽信仰神官団B(ラー神の祖。第2世代ヘリオポリス神官団の座に就く。のちに第2世代ドルイド神官団Bとともにユカタン半島にも進出した。)
山岳信仰神官団A(バスク人の祖。欧州に於いては彼らは山岳信仰の神官として活動した。北アフリカにベルベル人、インドにドラヴィダ人、中国に仙人文化を残した。)
山岳信仰神官団B(ダルダニア人の祖。ギリシアのオリンポス信仰に影響を与え、エジプト・ユカタン半島に進出しピラミッドを建造。日本にもピラミッドを残した可能性がある。)
巨石信仰神官団(古代エール人の祖。彼らはアイルランド島を拠点に欧州西部全域に巨石文明(ドルメン)を残す。エール人は大航海時代にインド・日本・朝鮮にも進出した。)
樹木信仰神官団(エラム人・ドルイド教の祖。蛇信仰神官団と共にドルイド教を形成。彼らは欧州に巨石文明(メンヒル)を残し大航海時代にインド・日本にも進出した。)
牡牛信仰神官団(シュメール人・ユダヤ人の祖。彼らは、クレタ・ヒッタイト・カナン・インダス、神農神官団として古代中国にも進出した。彼らはユダヤ教・キリスト教を成した。)

※彼らは現生人類とは異種の人類、ネアンデルタール人の末裔と考えられる。彼らは農業を生業とした現生人類とは異なり
遊牧を生業とした。羊・牛を容易にまとめることが出来るように、彼らは家畜たちのリーダーを排除していたが、それが異
分子排除の概念のもとになった。彼らは数十万年前からヨーロッパに居住しており、中でもスコーネに拠点を築いた人々が
デーン人となった可能性がある。
彼らはゲルマン人大移動の頃までスコーネを拠点とし、その後、ブリテン島・アメリカ大陸へと拠点を移動した。ある程度
デーン人と現生人類の混血が進むと、彼らは現生人類や混血民族を支配しようと神を作り、宗教組織を根城にした諜報文化
を形成し始めたのではないか。その時に巨石・樹木・蛇・山岳・牡牛・太陽信仰が発生し、それぞれが教団として大航海時
代に出た。それが古代デーン人の大航海時代のはじまりだ。ものづくりの本能が無い彼らはものづくりの本能に長けた現生
人類や混血民族の技術者にアウトリガーカヌーに似た丸木舟を作らせ海岸伝いに世界の旅を慣行したと考えられる。各々の
神官団は、ひとつのものをかたくなに信仰するのではなく、必要に応じて他の信仰要素も多少取り入れただろう。



◎精霊信仰神官団

◇新世代精霊信仰神官団(西方ルート・南方ルート・北方ルート)
BC1万年〜

・古代スコーネ(ラップランド・サーミ人)
・古代スコーネ(古代ヨーロッパ全域・古代ブリテン島・古代エール島)

・古代アラビア半島(第1世代ベドウイン族・第1世代メンフィス)
・古代アラビア半島・東西ルート(古代アフリカ大陸・バンツー族・第3世代アボリジニ・ニューヘブリデス諸島・ビスマルク諸島)
・古代アラビア半島・大西洋ルート(プエブロ族・ホピ族・南米全域・アルゴンキン族)

宗教(洞窟信仰・精霊信仰・プタハ神信仰・アレムハ神信仰・マタガイガイ神・ビンツヘプト神信仰・偉大なる精霊・マニトゥ)

※この精霊信仰神官団から全ての宗教が始まった可能性がある。彼らはスコーネを拠点にして周囲の現生人類、混血民族を
支配していただろう。その後、次世代の勢力として蛇信仰神官団が分化し、彼らは大航海時代を行ってオーストラリアにま
で行った。もっと時代が下って、各神官団が大航海時代を開始したBC5000年頃に、スコーネを支配していた精霊信仰
神官団は3方向に分化。
西方ルートはブリテン島・アイルランド島に、南方ルートは欧州・オリエント地方に、そして北極に向かった北方ルートは
ラップランドを拠点とし、サーミ人の祖となった。妖精伝説が残る地域など、欧州中または一部オリエント地域に痕跡を残
した。特にアラビア半島・カナン・シリア地域に進出した一派はベドウィン族の祖となり、新規に月信仰神官団が形成され
さらに彼らはアラビア半島を拠点に四方に進出した。また、スカンジナビアには混血する現世人類が居なかったため、サー
ミ人は古代デーン人そのままの姿を残していると考えられる。
アラビア半島から古代セネガルに来訪し、オルメカ文明を築いた古代バスク人神官団からアメリカ大陸の情報を聞き、アメ
リカ大陸に向かった。航路は不明だが、海岸伝いに南極を周回していたらおもしろいのではないか。南極航路が存在したと
仮定して、彼らはオルメカ人同様にユカタン半島に仮の拠点を築き、そこから南米に精霊信仰(シャーマン文化)をモンゴ
ロイドたちに伝え、最終的に彼らはコロラド川を遡り、プエブロ族の領域に落ち着いたのではないか。彼らはプエブロ族の
神官として君臨し、プエブロ文明は栄え、コロラドを拠点に北上してアルゴンキン族などにも精霊信仰を伝えただろう。
おもしろいことに、プエブロ族の目と鼻の先、古代カリフォルニア地域にマイドゥー族という部族がいたのだが、彼らの信
仰には金星信仰、蛇信仰、太陽信仰、樹木信仰など、ほとんどの古代デーン人神官団の信仰が確認される。つまり、精霊信
仰神官団のプエブロ文明に侵攻する目的で、近場の古代カリフォルニアにそれぞれの神官団が拠点を築き、進行する機会を
伺っていた、或いは実際にいくつかの知られざる古代戦争が起きていたのではないかと考えられる。金星信仰(シュメール
人)、蛇信仰(アトゥム神神官団)、太陽信仰(第2世代ヘリオポリス神官団)、樹木信仰・樫の木(第1世代ドルイド神
官団・マヤ関連か)がプエブロの精霊信仰神官団と対立していたのだ。その中で、ホピ族はマヤ関連の第1世代ドルイド神
官団に近づき、影響を受けたかもしれない。のちに、プエブロ族の生活圏にイエズス会が進出。プエブロ族はイエズス会に
指揮されてスペイン人(第3世代ドルイド神官団・ハプスブルグ家)と戦い、ポペの国を作る。

・古代サーミ人(第1世代フィンランド・第1世代エストニア・マリ・モルドヴィン)
・古代フィン人(リーヴ人・第1世代リヴォニア)

※精霊信仰神官団(サーミ人)は、古代フィンランドに赴き、拠点を築いただろう。フィン人神官団はそこからリヴォニア・
エストニア・マリ・モルドヴィンに進出し、フィン・ウゴル語諸族を形成した。しかし、その後にシリア地方から山岳信仰
神官団(バスク人)から分化した天候神神官団がアーリア人・スラヴ人勢力を回避しながら北上し、無人状態に近かったフ
ィンランド地方を来訪。フィンランドに拠点を築いた。スオミ人などはその後に来たアヴァール人(蘇我氏)の血統だと考
えられる。

◇月信仰神官団(ベドウィン族)
BC1万年〜

・月信仰神官団(第1世代ベドウイン族・第1世代ヘルモポリス・古代ギリシア・月氏)

・月氏(小月氏・大月氏・クシャーナ朝)
・月氏(始皇帝・秦王朝・弓月国・秦韓・第1世代新羅・秦氏)
・月氏(テイ族・羌族・前秦・後秦・パガン朝・タウングー朝・コンバウン朝・ミャンマー)

・秦氏・島津氏(薩摩藩・第2世代琉球王国・大日本帝国)
・秦氏・長宗我部氏(土佐藩・ジョン万次郎・海援隊・三菱財閥・大日本帝国)
・キリシタン秦氏(アメリカやキリシタン藤原氏と結んでいる)

宗教(月信仰・洞窟信仰・精霊信仰・ヘルモポリス神話・トト神崇拝・セレネー神・アルテミス神・月読神)

※精霊信仰神官団から分化した勢力が月信仰神官団を形成し、アラブ半島に月信仰が根付く。彼らはトト神信仰神官団とし
てエジプトに進出、ヘルモポリスに拠点を築く。ベドウィン族勢力は更に二分化し、一部はアラビア半島から東方(オセア
ニア)に、一部はアラビア半島から西方(アフリカ・南北米)に進出し、また一部はアラビア半島から中央アジアに向かい、
大月氏となった可能性がある。大月氏(月信仰神官団)は、山岳信仰神官団B(バクトリア人・サカ人)、第2世代ドルイ
ド神官団G2(天孫族)、イグドラシル神官団A(新デーン人)、が台頭する以前はシルクロードの覇者であった。テイ族・
羌族は、第2世代ドルイド神官団G2と月氏の混血だと考えられる。



◎蛇信仰神官団

◇虹蛇信仰神官団(地中海・紅海・アフリカ周航ルート)
BC1万年〜

・第1世代虹蛇神官団(エジプト古王国時代以前・古代カナン・古代ウバイド・古代インド亜大陸・古代東南アジア地域・オーストラリア大陸)
・第1世代ウネカウ神官団(古代アフリカ大陸・古代インド亜大陸・古代インドネシア地域・オーストラリア大陸・ニューギニア島)
・第2世代ウネカウ神官団(カーゴカルト・メラネシア地域・ニューギニア島・ソロモン諸島・フィジー諸島)

宗教(虹蛇信仰・カイア神・シロエイ神・チェル神・カーゴカルト)

※彼らは古代に於いてスコーネで一番勢力を持った神官団だった可能性がある。更に、彼らははるか1万年前くらいにオー
ストラリアに進出し、アボリジニの祖(蛇信仰)となったかもしれない。もちろん、オーストラリアに到達するまでの間、
エジプト地域、カナン地域、イラン高原、インド大陸に勢力を残し、コーカソイド・モンゴロイドと混血しただろう。だが、
オーストラリア大陸に到達したものの、支配するべきモノづくりに長けた現生人類が存在しなかったため、彼らは原始的な
生活を余儀なくされた。
もともと、金髪・碧眼・白い肌を持った彼らはオーストラリアの強い日差しに耐えるために再度、黒くなった印象がある。
金髪の人は現代アボリジニの中で見かけることがある。例えば、ディンゴはアボリジニがオーストラリアに持ち込んだと言
われているが、もし彼らが農耕民族なら犬は飼わなかっただろう。だが、もし、彼らが遊牧民族だったなら犬は必要だった
はずだ。それが、彼らが北欧から来た白人(遊牧民族かつ蛇信仰神官団)だったのではないのか?という可能性のひとつだ。
ニューギニア人もアボリジニと同様、大航海時代を敢行した古代デーン人の成れの果てだろう。他のデーン人は物作りに長
けた現生人類を支配することで文明を手にしたが、ニューギニアには支配する現生人類が居なかったのだ。つまり、ものづ
くりの本能を有しないデーン人(黒デーン人)は、原始的な生活様式を余儀なくされた。また、ニューギニア人の場合はア
ボリジニと違い、北欧・欧州・ブリテン島を出発し、アフリカを就航してアフリカの現生人類(ニグロイド)と混血してか
らインド・東南アジアなどを経由してニューギニアに来訪した可能性がある。
カーゴ・カルトは古代からニューギニアに息づく蛇信仰神官団が作った信仰だろう。神官団は存続していたということがわ
かる。また、すごいものに対して畏敬の念を示す民衆を支配するためにその畏敬の念の的を自分と同一視させて民衆に尊敬
を強制するという宗教の基本が非常によくわかる。蛇信仰神官団の指導者は同じ人間である白人の技術に驚嘆する民衆を支
配するために時を経て新規にカーゴ・カルトを形成した。古代デーン人の末裔であるオセアニアの蛇信仰神官団だけでなく、
神官団の支配欲求はほとんど「本能」といっていいことがわかる。

◇アトゥム神神官団(地中海・太平洋ルート)
BC8000年〜

・古代ブリテン島・第1世代ヘリオポリス・第1世代デルポイ託宣所
・古代シリア・第1世代ドラヴィダ人

・第1世代ドラヴィダ人・古代中原・第1世代出雲国(三輪山)・テン王国・紅槍会
・第1世代ドラヴィダ人・古代ソロモン諸島・フィジー諸島・アステカ帝国

宗教(アトゥム神・ナーガ神・伏義とジョカ・陰陽八卦思想・大国主命・オオモノヌシ神・アグヌア神信仰・デンゲイ神信仰・ケツァルコアトル神信仰)

◇地母神信仰神官団(地中海・インド洋ルート)
BC3000年〜

・第4世代ヘリオポリス神官団・ヒッタイト帝国・第2世代デルポイ託宣所・第2世代ドラヴィダ人

宗教(地母神信仰・イシス神・オシリス神・アリンナの女神)

※彼らはエジプトに進出し、ヘリオポリスに拠点を築き、第1世代ヘリオポリス神官団となる。だが、すぐに太陽信仰神官
団Bが侵攻。蛇信仰の神であるアトゥム神は否定され、太陽神として改訂、ヘリオポリスは乗っ取られてしまった。時代が
下り、彼らはエジプト支配を放棄し、中央アジアでソグド人に接触したり、大航海時代に出て、インド・長江・太平洋に進
出。太陽と蛇を司るアトゥム神神官団は、出雲で第1世代神官団の座に就き、大国主命(同じく太陽と蛇を司る)として残
る。ソロモン諸島の人々は、もともとエジプト(ヘリオポリス)にいたアトゥム神神官団の末裔かもしれない。ソロモン諸
島には金髪・碧眼の人がたまにいる。その後、彼らはフィジーから直接南米に赴き、ユカタン半島にまで進出する。
テオティワカンではダルダニア人が独自の拠点を築いたが、巨石信仰神官団の末裔、ピクト人に案内された新手のダーナ神
族(新樹木信仰神官団)に侵攻され、代わりにトルテカ帝国が建てられた。が、ソロモン諸島を経由して太平洋を渡ってき
たアトゥム神神官団がトルテカに侵攻、ダーナ神族勢力が一掃され、アトゥム神神官団によるアステカ帝国が形成された。
彼らは引き続き、第2世代ヘリオポリス神官団、ダルダニア人(ピラミッド建造神官集団)と共同でアステカ帝国を統治した。



◎太陽信仰神官団A
BC8000年〜

<バルト海ルート>

☆ホルス神神官団・第2世代メンフィス神官団

・ホルス神神官団(鐘状ビーカー文化・第1世代クレタ人・第2世代メンフィス・第1世代テーベ人・第1世代トラキア人)
・アメン神神官団(テーベ・ルクソール神殿・カルナック神殿・第11王朝〜第18王朝エジプト王国・リディア人)

・アポロン神神官団(鐘状ビーカー文化・トラキア王国・第3世代デルポイ託宣所・オルフェウス教団・ボスポロス王国)
・オルフェウス神官団(古代ギリシア・盤古・伊弉諾と伊佐波)

・リディア人神官団(リディア王国・エトルリア都市国家・ソル神神官団・ルネサンス・トスカーナ公国・シェナ共和国)
・エトルリア人神官団(パッツィ家・ファルネーゼ家・メディチ家・帝政フランス・ベルナドッテ朝・ノルウェー王国)
・ソル・インヴィクトス神神官団(ローマ帝国・フィレンツェ共和国)

宗教(洞窟信仰・ホルス神信仰・アメン神信仰・アポロン神・オルフェウス密儀・スラヴ神話・盤古信仰・ソルインヴィクトゥス神・ヘルメス文書)

※彼らはベンタ川・ネマン川などを遡り、現生人類(コーカソイド)と混血し、スラヴ人の祖となる。太陽信仰と関係があ
る鐘状ビーカー文化を古代ヨーロッパ全域に浸透させ、その後、彼らは東欧を拠点にエジプトにも進出した。トラキアは数
千年前から存在し、地中海・エジプト進出の拠点だっただろう。決定打は太陽神ホルス信仰だ。エジプトとスラブに同じ名
の太陽神がいる。これは偶然ではない。彼らは、古代トラキアを拠点にし、精霊信仰神官団の拠点メンフィスに侵攻、勢力
下に置いた。のちにラー神を信仰する太陽信仰神官団Bがヘリオポリスに到来し、第2世代ヘリオポリス神官団の座に就い
た。だが、ネメス王(太陽信仰神官団A)が上下エジプトを征服した際、ファラオをホルスの化身とする教義により、ラー
の息子としてヘリオポリスに食い込んだ。その後、ホルス神神官団はテーベに拠点を築くが、ダルダニア人、第2世代ドル
イド神官団Cなどの侵攻により、アナトリアに中枢を移転しリディア王国を築く。のちに、リディアはペルシア帝国に飲み込
まれたが、エジプト奪還の夢は忘れられることが無かった。その間、地中海に残った勢力はソル・インヴィクトゥス神を祀る
神官団として神託神官団と共にローマを支配したが結局、キリスト教に負けた。
彼らは基本的に地中海周辺を離れなかったと考えられるが、ホルス神の目が太陽と月を表すということで、同じく、目が太
陽と月になったという盤古の神話から、じつは彼らが中原にやってきたという可能性もある。その神官団はホルス神・トラ
キア人の後裔であるオルフェウス教団だ。彼らは紅海・インド洋を経て東アジアに来訪し、盤古・伊弉諾と伊佐波の神話を
残したかもしれない。その頃は既に古代デーン人の神官団が日本各地に拠点を築いていたが、特に太陽信仰神官団Aのソグ
ド人(天照大神)、月信仰神官団の秦氏(月読神)、牡牛信仰神官団のシュメール人(スサノオオ)が、後発である自分た
ちよりも下であるという印象を縄文人たちに植え付け、力を誇示するために、例えば伊弉諾の目が太陽と月、鼻がスサノオ
になったとし、ある意味、上記の先発勢力を配下に置くような神話を形成したのだろう。尚、デュオニソスがマイナスに命
令し、アポロを偉大な神とするオルフェウスを八つ裂きにしたという。これは、明らかに太陽信仰神官団VSフリギア人(
巨石信仰神官団・デュオニソス信仰)による宗教戦争だ。
また、ホルス神神官団・エトルリア人の系譜を継ぐ諜報員ナポレオン・ポナパルトが登場し、第2世代ドルイド神官団A1
(大英帝国)、第2世代ドルイド神官団A3(ジャコバン派・ブルターニュ人)を退け、第2世代ドルイド神官団A2(ブ
ルボン家)、第3世代ドルイド神官団(ハプスブルグ家)が排除されたフランスを拠点に帝国を形成し、イグドラシル神官
団C(ノルマン人)を援助した(カトリック復活)。また、ナポレオンがエジプトに関心があったのは先祖のこともあり、
当然だろう。

<北極海ルート>

◇オビ河系神官団

☆ヴェーダ神官団

・アーリア人・メディア人(アンドロノヴォ文化・メディア王国・マゴス神官団)
・アーリア人・イラン人(アンドロノヴォ文化・ペルシア帝国・ササン朝ペルシア・ブワイフ朝・サハヴィー朝・イラン王国)
・アーリア人・インド人(アンドロノヴォ文化・バラタ族・バーラタヴァルシャ国・プール族・クル王国・チェティ王国・パンチャーラ王国・マツヤ王国・アヴァンティ王国・チャンパ王国・アチェ王国)

宗教(ヴェーダの宗教・アーディティヤ神郡・バラモン教・マゴス神官団・サハヴィー教団・12イマーム派)

※東欧から北極海へ抜けたホルス神神官団の一団がオビ河に到達、上流へ移動し、現生人類(コーカソイド・モンゴロイド
)と混血してアーリア人・ソグド人・ホラズム人の祖となった。オビ河勢力はアンドロノヴォ文化を形成し、チャリオット
を開発した。ヴェーダ教を形成したアーリア人はペルシア帝国を建てて攻勢を誇ったが、一般のインド人は別としてインド
にアーリア人中枢勢力は残っていないと考えられる。インドのアーリア人(バラモン)は、第2世代ドルイド神官団Fとバ
クトリア人を弱体化するためにカースト制度を敷いたが、両者もリッチャヴィ国家・仏教・ジャイナ教・ヒンズー教などを
用いてカースト制度反対・自由・平等を訴え、また、武力によりバラモンの地位を入手したため、純粋のアーリア人バラモ
ン教勢力(神官を兼務する諜報部隊)はインドではほとんど消滅したと考えられる。だが、彼らはインド支配を蜂起し、東
南アジアに赴きチャンパ王国を建てた。

☆ミトラ教神官団

・ソグド人・シャプシュ神神官団(アンドロノヴォ文化・ソグディアナ・古代シリア・第1世代ウバイド人)
・ソグド人・ミトラ教神官団(第3世代ベドウィン族・ローマ共和国・キリキア海賊・オアシス諸都市連合)
・ソグド人・マニ教神官団(ササン朝ペルシア・シリア・エジプト・ローマ帝国・聖アウグスティヌス・ウイグル可汗国・福建王国)
・ソグド人・天照大神神官団(日向国・第1世代熊野国・伊勢大社・神武天皇・孝霊天皇/吉備氏・考元天皇/安倍氏・蘇我氏・崇神天皇・仁徳天皇・応神天皇・賀茂氏)

・ソグド人・天皇一族(ブルガール人・第1ブルガリア帝国・第2ブルガリア帝国)
・ソグド人・天皇一族(チムール帝国・ムガール帝国・西山朝/タイソン党)

・古代吉備氏(吉備国・北魏・黒住教・金光教)
・新世代吉備氏(浄土宗/鎮西派・臨済宗)

・安倍氏(鬼道・呪禁道・陰陽道・安倍晴明・土御門家・天社神道)

・古代蘇我氏(世界紅卍字会・大本教・世界救世教・世界真光文明教団・崇教真光)
・新世代蘇我氏(柔然・アヴァール可汗国・高句麗・飛鳥時代・聖徳太子・南都六宗・高麗・北朝鮮・朝鮮総連・朝鮮系パチンコ店)
・アヴァール人(アヴァール可汗国・ヴォルガ ブルガール・第2世代フィンランド・第2世代エストニア・ポーランド王国)

宗教(シャプシュ神・天照大神・ミトラ教・マニ教・スヴェントヴィト神)

※ソグド人たちは古代ウバイドでシュメール人を打倒し、ローマ帝国時代にはミトラ教を形成し、皇帝ネロなども信者だっ
た。ソグド人はのちにマニ教を形成し、ペルシア帝国を中心にオリエント世界に於いて一時は広大な勢力圏を誇ったが、ペ
ルシア帝国でゾロアスター教神官団との対立に破れ、過去に東方に進出し、日本で勢力を形成したシャプシュ神神官団の開
発したシルクロードを辿り、モンゴル高原=黒龍江に到達。ウイグル可汗国に拠点を築く。マニ教は、ウイグル可汗国で国
教になったが、ウイグルが崩壊した後は福建王国で秘密結社と化したが自然消滅したという。
一方、ソグド人で構成されたシャプシュ神神官団はオリエントから陸路(シルクロード)で東方に向かい、黒龍江から海路
で九州に到達し、日向国に天孫降臨として神話に記され、そこを拠点に日本列島に熊野国を建て、天照大神を祀り、伊勢大
社の基礎を形成した。彼らは第2世代ドルイド神官団と共同で黒龍江に拠点を築き、伝説の天皇の系譜を形成。応神天皇な
どが騎馬軍団の指揮者して活躍した。だが、のちに第2世代ドルイド神官団(中臣氏、物部氏、大伴氏)などが自分の血筋
から天皇を擁立し(後の日本の歴史で見られるように)、太陽を信仰するソグド人神官団の天皇一族としての系譜は断たれ
ただろう。ソグド人神官団の天皇一族には吉備氏・安倍氏・蘇我氏がいる。この系譜は武烈天皇で終わり、代わりに継体天
皇以降は第2世代ドルイド神官団G2が系譜を継いだ。ソグドと蘇我の語感が似ているようにも感じる。
チムール帝国の中枢はブルガリア帝国を放棄したソグド人・天皇一族が担っていると考えられる。ブルガリアを出た彼らは、
中央アジアに小さな拠点を築き、イスラム教を学んだだろう。すっかりイスラム系騎馬民族となった彼らは、だが本能は忘
れていなかった。イスラム教を取り入れた蘇我氏ソグド人神官団は、マスターであった伊勢平氏に放棄されたモンゴル人の
末裔を指揮し、チムール帝国を建て、更にムガール帝国を建て、インド全域を支配した。しかし、イギリス東インド会社や
ホラズム人のアフシャール朝が台頭したため、ムガール帝国の中枢はベトナムに逃亡、タイソン党・西山朝としてベトナム
に短期間君臨した。中枢を失ったムガール帝国は弱体化し、セポイの乱で第2世代ドルイド神官団F3(チョーラ人・パッ
ラヴァ人)の連合により、有名無実の皇帝に祭り上げられたが、セポイの乱鎮圧後に崩壊した。

☆拝火教神官団

・ホラズム人・ゾロアスター教神官団(アンドロノヴォ文化・ホラズム第1王朝・ホラズム第2王朝・アフリーグ王朝・アフシャール朝)

宗教(アフラマズダー神信仰・ゾロアスター教)

※ホラズム人は太陽信仰が転じた拝火教信仰を展開。ホラズム生まれのゾロアスターがゾロアスター教を形成。ペルシア帝
国にゾロアスター教を展開させた。サハヴィー朝時代に大英帝国(第2世代ドルイド神官団A1)に指導された奴隷が王に
接近し、集団ストーカー行為を行ったことでサハヴィー朝の王が精神疾患に陥り政治を顧みなくなり、閉じこもるようにな
った。これは内部からサハヴィー朝を崩壊させる手口であり、外からは第2世代ドルイド神官団F2(パッラヴァ人)に指
揮されたパシュトゥーン人・ギルザイ族がサハヴィー朝に攻撃を仕掛けたが、ホラズム人指導者ナディール・シャーがサハ
ヴィー朝の代わりにアフシャール朝を建て、一時的に英国・パッラヴァ勢力を退けた。

◇エニセイ河系神官団

・サモエード人・キルギス人・ツングース諸族(オロチョン人・オロチ人・エヴェンキ人)

宗教(太陽信仰)

◇レナ河系神官団

・トルコ人(西戎・狄・丁零・中山王国・高車・突厥帝国・セルジュークトルコ帝国・オスマントルコ帝国)

宗教(太陽信仰)

※レナ河を遡った勢力は現生人類(北方モンゴロイド)と混血してトルコ人の祖となった。ハーフの人を見ればわかるが、
白人と黄色人種が混血するとトルコ系の顔になる。トルコ人は西戎と記された頃は独自に活動していたと考えられるが、
第2世代ドルイド神官団が黒龍江に拠点を築いて以来、狄・丁零・高車・突厥として歴史に登場したときからの中臣氏に
指揮されていただろう。彼らは中臣氏の指揮の下、BC414年には中原に中山王国を建てた。
セルジュークトルコやオスマントルコは、中臣氏がメガラ人と共に中枢に君臨していたが、19世紀に入り、白人列強の
侵攻により、永らくトルコ人の中枢を勤めていた中臣氏がアナトリア支配を放棄し、日本に帰還。天理教を形成し、古巣
である奈良を拠点にしたと考えられる。以来、トルコはアレキサンダー大王以来マケドニアに拠点があったコリントス人
勢力と、ロシア帝国に排除されてブルガリアに拠点を築いていたコサックの伊勢平氏勢力がトルコの中枢を担っていると
考えられる。また、日本に帰還する途中で中臣氏は雲南に寄り、天理教の前身を形成し、叛乱を指揮したが滅ぼされた。

◇インジギルカ河系神官団

・ヤクート人(河姆渡文化・良渚文化・龍山文化・夏王朝・檀君朝鮮・アイヌ人・第2世代エスキモー)

宗教(太陽信仰・トカプチュプカムイ信仰・サルタヒコ神・マリナ神)

※ヤクート人の祖である太陽信仰神官団は南下し、古代朝鮮半島・長江周辺に拠点を築き、現地のモンゴロイドと混血。
河姆渡文化・檀君朝鮮神話を形成した。のちに、彼らの勢力圏に山岳信仰神官団(ナシ族・バスク人)、蛇信仰神官団
(伏義とジョカ)、牡牛信仰神官団(炎帝神農・シュメール人)、牡牛信仰神官団(蚩尤/第1世代ミャオ族・別働隊シ
ュメール人)が続々と襲来。河姆渡神官団は北上し、良渚文化・龍山文化などを形成し、牡牛信仰神官団と合同で夏王
朝を建てた。また、河姆渡神官団は日本列島進出をもくろみ、北海道を拠点にし、アイヌの祖となったかもしれない。
アイヌの祖は更にカナダ方面に進出しただろう。



◎太陽信仰神官団B(インド洋・大西洋ルート)
BC8000年〜

◇第2世代ヘリオポリス神官団

・旧世代:第2世代ヘリオポリス・第3世代ドラヴィダ人

宗教(ラー神信仰・サヴィトリ信仰)

・新世代: ズーニー族(南西部)・マイドゥー族(カリフォルニア)
・新世代: マヤ文明(ククルカン)・インカ帝国(ビラコチャ)・アステカ帝国(首都テノチチトランの守護神)・トルテカ(トナティウ神)

宗教(ククルカン信仰・ビラコチャ信仰・トナテウ信仰・ウィツィロポチトリ信仰)

※彼らは蛇信仰神官団(アトゥム神)、太陽信仰神官団A(ホルス神)を追撃し、ヘリオポリスを勢力下に置いた。そ
の後、ホルス神(A)VSセト神(B)の対立が起きる。ウガリット神話を見ると古代シリアはいろいろな神官団勢力
が入り込んでいたことがわかる。アーシラト(樹木系常緑樹信仰・エラム人)、アスタルト・アナト(蛇系地母神信仰・
アトゥム神神官団)、バアル(天候神系牡牛信仰・シュメール人)、シャプシュ(太陽信仰・ソグド人)、ラシャプ(
拝火信仰・ホラズム人)。彼らは、永いことエジプトの中枢に君臨したが、シュメール人・アトゥム神神官団・ソグド
人・ホラズム人・エラム人などが割拠する古代シリア・ウバイド地域への進出は避けて、インドに進出した。インドで
はサヴィトリ信仰を広め、現生人類(モンゴロイド?)と混血。第3世代ドラヴィダ人が形成された。
また、新世代の太陽信仰神官団は、スパルタ人によるサイス朝、ペリシテ人(第2世代ドルイド神官団)によるヌビア
朝、コリントス人によるプトレマイオス朝に押され、エジプト支配を放棄。彼らは、第2世代ドルイド神官団B(フェ
ニキア人)に同行してユカタン半島にまで行った可能性がある。その後、彼らはユカタン半島を皮切りに北米、主にカ
リフォルニアなど、西部地域に進出した。インカでは、ピラコチャ神を祀り、奥州藤原氏が来るまで支配者の座に君臨
した。もともと太陽神だったククルカンを第1世代ドルイド神官団に取られた彼らは、アステカ帝国に於いて新しい太
陽神ウィツィロポチトリ神を新設した。



◎山岳信仰神官団A
BC8000年〜

◇第1世代バスク人神官団(ヴァスコン人)

・旧世代(地中海ルート/白バスク人): ヴァスコン人・カナリア諸島・第1世代ベルベル人・第2世代カナン人・第2世代ウバイド人
・旧世代(東アジア/白バスク人): ナシ族・古代朝鮮(辛嶋氏・宇佐氏)・第1世代諏訪国(守屋氏)
・旧世代(アフリカ周航ルート/黒バスク人): プント王国・ヴィンディヤ山脈・第1世代フィリピン人・第3世代アボリジニ

・新世代(欧州帰還組/黒バスク人): ヴィンディヤ山脈・ロマ人(ジプシー)・悪魔教会(アメリカ)

宗教(ドゥルガー信仰・玉龍雪山信仰・トンパ教・仙人文化・古代朝鮮山神信仰・白山神社・洩矢の神信仰・八幡神信仰・ウルル信仰)

※カナンの地には様々な神官団が進出したが彼らはモリヤという聖地を設定し、古代オリエント地域に力を誇示。尚、
日本ではモリヤが諏訪国でモレヤ(洩矢)の神となった。彼らは古代朝鮮半島にて白山信仰を形成したと考えられる
が、秦氏に保護され、日本に来訪し、拠点を築いた。
彼らは、古代カナンから紅海・インド洋を経て白バスク人として長江に到着。玉龍雪山信仰・仙人文化を形成。一方、
また、アフリカを周航し、アフリカの現世人類(ニグロイド)と混血した彼らは黒バスク人としてインド亜大陸に到
達し、ヴィンディヤ山脈に拠点を築いた。彼らは、カルカッタでドゥルガー神を形成。現在では、ドゥルガー神の分
身であるカーリー神(シンハラ人神官団)が人気があるという。その後、彼らはフィリピン諸島にも赴いた。アフリ
カ人の面影を残した人々が遠く離れたインド・フィリピンにいるのはアフリカを周航したバスク人が要因なのだろう。

◇古代セネガル世界神官団

・古代セネガル/黒バスク人: オルメカ人・ディネ族(ナヴァホ族・アパッチ族/宇宙の4つの聖なる山)
・新世代セネガル/黒バスク人: ジョロフ王国・トゥクロール帝国・セネガル共和国・ギニア

※古代セネガル地域に拠点を築いた勢力は現生人類(ニグロイド)と混血し、そこからユカタン半島を目指し(航路は
不明)、オルメカ文明を形成した。オルメカ人は第1世代ドルイド神官団と第2世代ドルイド神官団Hに拠点を破壊さ
れたが、その後、太平洋側から北上し、カナダでディネ族を形成。セネガルにに残った勢力はジョロフ王国などを築き、
マリ帝国(第2世代ドルイド神官団D)と貿易などをしたという。
オルメカでは粘土製のピラミッドが建造されたという。同じ山岳信仰神官団とはいえ、ピラミッド建造はダルダニア人
の発明である、だが、同じ発想(聖なる山の建造)がバスク人に出来なかったとは言えない。

◇第2世代バスク人神官団

・新世代(スペイン/白バスク人): ナバラ王国・ボルジア家・バスク自治州・バスク祖国と自由
・新世代(大西洋ルート/白バスク人): メキシコ合衆国・コロンビア・エクアドル・チリ・アルゼンチン・ボリビア・キューバ

・新世代(大西洋ルート/白バスク人・イエズス会): グアラニー族・ガウチョ・プエブロ人・ポペの王国・ウルグアイ・ベネズエラ
・新世代(アフリカ周航ルート/白バスク人・イエズス会): ゴア・澳門・長崎・上智大学

宗教(イエズス会・聖ザビエル修道会)

◇アトラス山信仰神官団

・ベルベル人/アルジェ(ヌミディア王国・ハンマード朝・ザイヤーン朝・リビア連合王国)
・ベルベル人/チュニス(ズイール朝・グラナダ王国・ハフス朝・フサイン朝・チュニジア王国)
・ベルベル人/モロッコ(マウレタニア王国・マリーン朝・サアド朝・リーフ共和国・モロッコ王国)
・ベルベル人/モロッコ(マウレタニア王国・アルモハード帝国・ソコト帝国)

宗教(タウヒードの信徒・サヌーシー教団)

※ブリテン・エール島に移住が始まった頃に山岳信仰神官団がバスク地方に拠点を築いた。バスク人が北アフリカに拠
点を築き、現生人類と混血し、ベルベル人が出現した。彼らが来る以前にも蛇信仰神官団、太陽信仰神官団Bなどが北
アフリカに拠点を築いていたと考えられるが、ベルベル人がアトラス山信仰を行っているという点が山岳信仰神官団A
(バスク人)の指揮下にあったということを証明している。彼らが登場する以前から、薪のために森林は切り開かれ、
北アフリカが砂漠化しはじめていた。
イスラム教発生後、ベルベル人神官団はイスラム教を取り入れ、さまざまなスーフィー教団を設立。北アフリカに揺る
ぎない拠点を築いたと考えられる。ズイール朝時代には、彼らはスペインの一部をも手中にしたが、それは彼らが自身
をバスク人の末裔であることを知っていたということかもしれない。中南米の国家はほとんどがバスク人が中枢を担っ
ている。中南米は、ほぼバスク帝国の様相を呈している。メキシコはアイルランド人と共同で支配しているらしい。
戦国時代、織田信長の周囲にはたくさんの諜報員がいた。織田信長自身は藤原氏の勢力に属し、藤原氏が派遣した諜報
員の指揮下にいた。それが豊臣秀吉だ。坂東八平氏、大伴氏、吉備氏、秦氏などの諜報員がうようよしていたが、秀吉
は自分の出自を隠すために百姓出身であるとし、配下の信長に自分をサルと呼ばせた。そうすることで周囲の諜報員の
目を欺いたのだ。誰も天下の信長がサルと呼ぶ男に指揮されているとは思わないものだ。イエズス会は明智光秀と通じ
ていたが、秀吉の策略も知らず、イエズス会はまんまと信長を討ってでた。信長の体は死んだが、信長の頭脳が死ぬこ
とはなかった。彼らは信長を討てばそのまま日本が手に入ると考えたのだが、それは甘かった。
イエズス会は、コロラド川上流(プエブロ族)、南米(ガウチョ)などの勢力を育て、アジアではゴア、マカオ、長崎
に拠点を築いた。後に、彼らは島原の乱を指揮。徳川幕府に挑戦したが敗北した。その後は、江戸幕府の裏にいる藤原
氏と対立する勢力がキリスト教を独自のものとして改良。キリスト教徒だからといってすぐにそれが白人の手下を意味
しない。
バスク人は、ブルボン家に本拠地のイベリア半島を追われ、イベリア半島と南米で新規の侵略装置「革命」を用いて、
スペインに対して叛乱を起こした。「革命」はブルターニュ人が発明したが、バスク人はその新規の侵略装置を理解し、
大いに活用した。スペインではカルリスタ戦争、中米ではメキシコ革命、アルゼンチンでは五月革命などを起こし、ブ
ルボン家(第2世代ドルイド神官団A2)に蜂起した。



◎古代樹木信仰神官団
BC6000年〜

◇第1期メンヒル信仰神官団(古代ヨーロッパ時代)

・古代エラム人(古代ブリテン島・古代スカンジナビア・古代フランス地域)
・古代サルディーニャ人(サルディーニャ島・古代イベリア半島・古代アルメニア地域・古代セルビア地域)

宗教(樹木信仰・メンヒル信仰・ストーンサークル信仰・第1世代フリーメイスン)

※ブリテン島では、のちにドルイド教として大成する樹木信仰・蛇信仰の神官団よりも古代エールを拠点とした巨石信
仰(ドルメン派)神官団が勢力を強めた。だが、樹木信仰の一派がメンヒル信仰に転じ、メンヒル信仰神官団はエラム
人の祖となった。彼らはメンヒル、及び樹木信仰も同時に携えながら欧州に侵攻、各地にメンヒル・ストーンサークル
を築き、ドルメン信仰神官団と勢力を二分した。その後、彼らは他の神官団の例に漏れず、世界中に進出した。
ブリテン島ではこのメンヒル信仰がストーンサークル信仰に深化。神殿建築・石造建築の発想源になった。ギリシア神
殿はどう見てもストーンヘンジの発展形だ。メンヒルは元来「聖なる樹木」を表現しており、それが更にインダス地域
では転じてリンガ信仰の原型になったのではないか。

◇第2期メンヒル信仰神官団(地中海・紅海ルート)

・エラム人・古代シリア地域・アリッチア(ディアーナ神)・インダス文明(ハラッパー・モヘンジョダロ)
・台湾卑南文化・第1世代ポリネシア人(ラピタ文化・バヌアツ諸島・フィジー諸島・トンガ諸島・サモア諸島)
・蝦夷(東北)・第2世代熊野国・殷王朝・司馬氏の祖・宋・箕子朝鮮
・クスコ王国・モヨロ人・北アメリカ(大平原地方・アルゴンキン族 ミディウィンウィン/五大湖地方)

宗教(樹木信仰・メンヒル信仰・ストーンサークル信仰・アーシラト神・リンガ信仰・熊野三大神・浅間神社・メディシンウィール信仰)

◇修験道神官団

・熊野修験(神仙道・聖護院修験教団・児島尊瀧院・出羽三山と出羽修験・英彦山と九州修験・神習教)
・インカ帝国(マチュ・ピチュ)

※エラム人は巨石神官団と共に古代ブリテン島を拠点にしていたが、サルディーニャ(デーン人南方の土地)という言
葉から、スコーネを本拠地としていたデーン人とは別にブリテン島のエラム人、エール人もデーン人を自称していたこ
とがわかる。第1世代ドルイド神官団であった海の民もデーン人を自称した。地中海から紅海に出て、インド亜大陸を
目指した。彼らは、まずインダス河流域に入植し、小規模な拠点を築いた。そして、勢力を蓄えてからメソポタミアに
進出。シュメール人の都だったスーサを侵略。エラム王国を建国。スーサを拠点にシュメール人と対立。メンヒルを建
立したエラム人神官技術者集団はエラム王国で建築技術を発展させ、同時進行でエラム王国周辺の神殿、モヘンジョダ
ロのような進んだ建築物を建設したと考えられる。のちに牡牛信仰神官団(シュメール人)がインダス地方に進出。イ
ンダス文明はカッチに入植したシュメール人神官部隊に破壊された。同時期にアーリア人がインド進出を始めていた。
その後、エラム王国の中枢を担っていた部隊が東南アジアを周航、台湾に到達して卑南分化を残した。また、その後、
台湾を拠点に太平洋・長江・日本東北に進出。エラム人は蝦夷となり、一部勢力がまたそこから南北アメリカまで進出。
この時に巨石信仰神官団(ニューグレンジ派・エール人)も同行しただろう。
アメリカ大陸を発見後、蝦夷の拠点に報告隊が帰還、彼らはモヨロ人と呼ばれた。時は奥州藤原氏(第2世代ドルイド
神官団Gの末裔)が東北を治めていた時代であり、モヨロ人は奥州藤原氏の中枢を伴い、クスコ王国に案内、インカ帝
国を形成する。この時に、エラム人の末裔である修験道教団が奥州藤原氏と共にインカ帝国に同行し、マチュ・ピチュ
に拠点を築いただろう。彼らは修験道教団として日本でもやっていたように、インカ帝国に於いても諜報員育成の任務
を担っていたかもしれない。

◇センゲン神信仰神官団(マレー人・フィリピン・バイエルン地方・ドイツ地方・フランス地方)

・日本(浅間神社・木曽御嶽信仰・富士山修験と講組織・御嶽教・扶桑教・丸山教・神道修正派)
・欧州(バヴァリア幻想教団イルミナティ・地獄の火クラブ)
・東南アジア(ムラピ火山信仰・ピナトゥボ火山信仰)

※エラム人は、東北を拠点にし、現生人類と混血(モンゴロイド)。西方に侵攻した。その際、彼らは富士山に拠点を
築き、センゲン信仰を形成した。樹木信仰・メンヒル信仰と山岳信仰は無関係だが、彼らは初めて火山を見たのだろう。
その迫力に思わずセンゲン(アサマ神)信仰を形成したと考えられる。スコットランド地方にSENGという名がある
が、そういうことで、アサマの音読みセンゲンは、ブリテン島に起源を見出せるかもしれない。SENGという名の神
官兼諜報員がメンヒル信仰神官団(エラム人)に存在したのだ。そして、SENG氏を中心にセンゲン神信仰が形成さ
れた。後世になり、センゲンは日本で「浅間」と当て字され、火を意味する言葉として残った。
彼らは、フィリピン、マレーシアにも名を残しているが、駿河湾を出航し、東南アジアで勢力を拡大したのだろう。ま
た、東南アジアを周航し、インド洋・紅海・地中海を経て欧州に帰還、バイエルンを拠点とし、フランス・ドイツにS
ENGという名を残した。意味は、「火に焼き尽くされた土地に住む人々」だ。古代アルバのSENG氏にそういう意
味はなかったが、結局、これはバイエルンに根付いたSENG氏が日本を通過したことを意味する(センゲン=アサマ
=火)。センゲン神信仰神官団の末裔はバイエルンでイルミナティ立ち上げに関わったかもしれない(彼らは「知の熱」
「知の炎」を求めた)。
ストーンサークルの建造に関わった技術者集団が展開して神殿建築集団となり、それがフリーメイスンに発展したと考
えられるが、フリーメイスンはブルターニュ人(第2世代ドルイド神官団A3)に乗っ取られたため、エラム人、同時
にセンゲン神信仰神官団の末裔はイルミナティを創始した可能性がある。



◎牡牛信仰神官団(地中海ルート)
BC6000年〜

◇ミノス神官団

・第2世代クレタ人・第3世代ヘリオポリス神官団・第1世代シュメール人・ヒッタイト帝国
・第1世代シュメール人・ピタゴラス教団・炎帝神農神官団

宗教(クレタ神話・ヒッタイト神話・ヌウト神・イシュタル神・ヘーラー神・ピタゴラスの密儀・炎帝神農信仰)

※クレタ島に拠点を築いた人々はその後、黒海(ヒッタイト)・ペルシア湾に向かい、その後、メソポタミアを拠点に
したシュメール人神官団は後にインド洋・中国に進出。炎帝神農神官団を形成し、エジプトを目指した神官団はヘブラ
イ人・ユダヤ人の祖となった。ヒッタイト帝国には、他に牡牛系天候神信仰神官団、蛇系地母神信仰神官団(アリンナ
の女神)が進出した。ヒッタイト帝国は鉄を発明したため、第1世代ドルイド神官団・ミケーネ人・フリギア人(巨石
信仰神官団)に目を付けられ、滅亡させられたのだろう。
トロイ戦争時には、太陽信仰神官団A・ホルス神神官団(アポロ神)・月信仰神官団・ベドウィン族(アルテミス神)
がトロイ側(山岳信仰神官団B・ダルダニア人)につき、ミケーネ人(山岳信仰神官団B・ダルダニア人)・海の民
(第1世代ドルイド神官団)・牡牛信仰神官団(ヘーラー神)の連合と戦った。ヘーラーの生地と言われるサモス島に
育ったピタゴラスは、ピタゴラス教団を形成。イタリア半島南部に布教を行い、人気を得たが最終的には排除された。
だが、ドルイド教と類似点があるため、彼らは滅亡せずに実際にはブリテン島に逃亡し、そこで、ドルイド教に吸収さ
れたかもしれない。

◇炎帝神農神官団

・第1世代ミャオ族・第2世代出雲国・第2世代諏訪国
・周・晋・魯(孔子)・斉(孫子)・燕・衛氏朝鮮・白蓮社・太刀会・義和団

宗教(蚩尤神・三皇五帝・陰陽五行思想・儒教・諸子百家)

※儒家の祖となった勢力は神農(牛頭)として中国神話に残り、長江に勢力圏を築いていた河姆渡文化(太陽信仰神官団
A)と提携し、神農は太陽神の一面も持った。別働隊(反逆者)の神農神官団/蚩尤神(第1世代ミャオ族)、蛇信仰神官
団(伏義とジョカ)と対立。河姆渡神官団と建てた夏、エラム人(蝦夷)が建てた殷のあと、独自に周を建国。炎帝神農神
官団は後に儒教を形成する集団に展開。それ以後は第2世代ドルイド神官団Gが侵攻してきたため、春秋戦国時代が勃発。
彼らは国家を建設することなく、炎帝神農神官団は、儒家としてドルイド神官団G勢力が建てた国家を半ば共同で統治した。
儒家の勢力からは袁氏が出たかもしれない。
また、シュメールのシュと蚩尤のしゆう、周のしゅう、儒教のじゅは音に共通点がある。彼らは、中原から出撃し、須佐(
スサノオオ=牛頭天皇)に拠点を築き、出雲国(アトゥム神神官団)・諏訪国(山岳信仰神官団A)に侵攻、2国を征圧し
た。古代日本にこのようなドラマがあったのだ。シュメール人の出雲国侵攻はヤマタノオロチ神話として残った。彼らがス
ーサの王を名乗ったのはもともとスーサがシュメール人の勢力圏だったということだろう。スーサはエラム人に乗っ取られ、
エラム王国の首都となった過去があったのだ。

◇シュメール人神官団

・古代メソポタミア: カッシート人(初期カッシート朝・バビロニア第3王朝)
・古代カナン: アマルナ宗教改革神官団(ヘブライ人)
・古代アナトリア: ポントス王国(ヒッタイトの中枢が移転)・スパルタカスの乱
・古代インド: カッチ人(グジャラート)・コーサラ王国(ガンジス河)・ガンダーラ王国(インダス河)・カリンガ王国

・バアル神神官団(第2世代カナン人・第2世代ウバイド人・ヒッタイト帝国・カルタゴ市)

・金星信仰神官団(イシュタル神/メソポタミア・アウセクリス神/古代ラトビア・アッタル神・シャヘル神/古代カナン・アナーヒター神/ペルシア帝国・八将軍/陰陽道)
・金星信仰神官団(ショロトル神/アステカ帝国・トラウィスカルパンテクートリ神/トルテカ文明・ポーニー族・ラコタ族/大平原・マイドゥー族/古代カリフォルニア)

・ユダヤ人神官団(アマルナ宗教改革神官団・イスラエル王国・ユダ王国・エッセネ派・初代教会・ドナトゥス派)

宗教(牡牛信仰・金星信仰・天空神信仰・バアル神・アテン神・ヤハウェ信仰・ユダヤ教・キリスト教)

※クレタ島を拠点とした牡牛信仰神官団勢力は、ヒッタイト・シュメール勢力に分化した。その後、シュメール人だけがイ
ンドまで進出してエラム人が築いたインダス文明を破壊。またシュメール神官団からはヘブライ人(ユダヤ人)が輩出され、
ユダヤ人神官団部隊はエジプト・テーベに潜入し、アマルナ宗教改革を敢行。だが、改革は失敗し、モーセの時代にユダヤ
人はエジプトを脱出し、カナンに拠点を築き、ヘブライ人の国家が建設された。
インド系シュメール人はカッチを拠点にインダス河にガンダーラ王国を、ガンジス河にコーサラ王国を、東海岸にカリンガ
王国を形成し、カリンガの中枢は後にジャワ島に拠点を移転し、インドネシアで存続したかもしれない。アーリア系やバク
トリア系の国家と対立していたし、ガンジス上流に位置しているのでコーサラ王国の中枢が形成したと考えられる。
また、シュメール人神官団からバアル神神官団が分化。カナン地方・ヒッタイト帝国で神官団として君臨。後に、同じシュ
メール神官団から分化したユダヤ人神官団がバアル神神官団と対立。聖書などでは悪魔と称された。だが、バアル神信仰は、
後進のフェニキア人に取り入れられ、カルタゴ市で主神となった。金星信仰神官団もシュメール人神官団から分化し、ペル
シア湾から東方へ。地中海からラトビア地方・南北アメリカへ進出したと考えられる。
北米では、大平原地方・古代カリフォルニアに拠点を築いたが、モルモン教は正しいのかもしれない。つまり、第1世代ド
ルイド神官団(マヤ文明が拠点)は正しい歴史を知っていた、ということ。じつは、彼らはプエブロ族の繁栄を耳にし、マ
ヤから北米に進出し、金星信仰神官団と同じ古代カリフォルニアに居合わせていたのだ。モルモン教がユタに拠点を築いた
ということは、ある意味、2000年ぶりに故地に帰還したということなのだ。



◎巨石信仰神官団
BC6000年〜

◇第1期ドルメン信仰神官団(地中海・アフリカ周航ルート)

・第1世代アイルランド人(古代エール島・古代フリース地域・古代ドイツ地域・古代イベリア半島・古代イタリア半島)
・第1世代サルディーニャ人(サルディーニャ島・古代シリア地域・古代インド南部地域・百越)
・百越人(第2世代ミャオ族・古代朝鮮半島・明日香村・ナヴァホ族・イサパ文明・ミシシッピ文化・イロコイ族・ピクト人)

・第1世代アイルランド人帰還組・ピクト人(ピクトランド・ダルリアダ王国・アルバ王国)
・第1世代アイルランド人帰還組・ピクト人(トルテカ帝国・セミノール・チェロキー族・マスコギー国)

宗教(ドルメン信仰・ニューグレンジ建設・タラの丘)

※スコーネから出てアイルランド島に勢力を張った第1世代巨石信仰神官団勢力が周囲の地域、フリース地域などに侵攻。
フリースを拠点に、巨石信仰神官団勢力が更に周囲に侵攻。北欧からスペインに至る巨石信仰神官団の帝国を築いた。ま
た、彼らは大航海時代に出たが、インダスでドルメン信仰が転じて地母神信仰に転化。彼らは、インダスからメソポタミ
アにかけて地母神信仰(女神信仰)を広めた。その後、牡牛信仰神官団(シュメール人)がインダス地方に進出。インダ
ス文明はカッチに入植したシュメール人神官部隊に破壊された。その頃に3者は更に東アジアに進出。同時期にアーリア
人がインド進出を始めていた。エール人は南北アメリカを周航、数千年ぶりにピクト人として故国に帰還するが、既にア
イルランドは新世代のデーン人が支配しており、ブリテン島に向かった彼らはスコットランド・ハイランドに拠点があっ
たダーナ神族(新樹木信仰神官団)に傭兵として採用された。
また、明日香村にはドルメン派とニューグレンジ派がそれぞれ勢力圏を得、ニューグレンジ派が前方後円墳などを製作し、
ドルメン派が巨石の遺跡郡を残した。ということで、明日香村の遺跡群は古墳時代よりももっと遡ったBC1000年く
らいのものであり、祀られているのも天皇ではなく、巨石信仰神官団の神官だろう。

◇第2期ドルメン信仰神官団(地中海ルート)

・第1世代フリース人(フリースラント地方)
・第2世代フリース人(メガラ市・フリギア王国・第2世代トラキア王国・スコプチ派)
・第3世代フリース人・メガラ人(ビザンツ帝国・ギリシア正教会・ヤコブ派教会・古儀式派・フルイストゥイ派)

・第2世代フリース人帰還組・メノナイト神官団(オランダメノナイト・スイス=ドイツメノナイト・ロシアメノナイト・アーミッシュ)

宗教(デュオニソスの密儀・キュベレーの密儀・ギリシア正教会・ヤコブ派教会・メノナイト・古儀式派・フルイストゥイ派)

◇第3期ドルメン信仰神官団(アフリカ周航・大西洋ルート)

・第2世代アイルランド人(聖コルンバ・メキシコ合衆国・統一アイルランド党・フェニアン党・シンフェイン党・アイルランド共和党軍)
・第3世代アイルランド人・オランダ人(ゴイセン/海の乞食団・オラニエ=ナッサウ家・オランダ王国・オランダ海上帝国・オレンジ党)
・第3世代アイルランド人・オランダ人(ナタール王国・オレンジ自由国・トランスヴァール王国・南アフリカ共和国)

・クェーカー神官団(ペンドルの丘・ペンシルヴァニア州・地下鉄道・アメリカフレンズ奉仕団・イギリスフレンズ協議会など)

宗教(聖パトリック・ケルト教会・ペラギウス主義・ゴイセン・クェーカー)

※海の民の地中海遠征に参加したフリース人はギリシア地域にメガラ市を建て、そこを拠点にフリギア王国を形成。フリ
ギアを拠点にトラキア王国、ローマ帝国などにディオニソス信仰を広めた。ゲルマン人大移動の時代に故地(フリース地
方)に帰還。第2世代ドルイド神官団A2・第2世代神託神官団指揮下ののサリー族に参加して、フランク王国形成に寄与。
のちに、帰還組第1世代フリース人はメノナイト派の神官団として台頭した。
過去、聖コルンバがフリース地方に布教に来た折、拠点を築いた人々はネーデルラント貴族と化し、ハプスブルグ朝時代
にはゴイセンと称し、第2世代ドルイド神官団Aが中枢を担う改革派を独自のものにし、オランダ人として独立、大航海時代
に突入。オランダ海上帝国を建設した。
大航海時代には、神託神官団系のバタヴィー族の末裔が同行し、オランダ東インド会社を形成した可能性がある。つまり、
オランダ王国には、複数の勢力(第3世代アイルランド人/オランダ王家・ゴイセン、第1世代フリース人帰還組・メノナイト神
官団、第2世代ドルイド神官団A2/第2世代神託神官団・バタヴィー人)が共存していた。
古儀式派の怪僧ラスプーチンは非常に謎の多い人物だが、彼は神官を兼務するビザンツ人(メガラ人)諜報員の末裔だっ
たのではないか。また、大英帝国に援助され、アルスター地方にオレンジ党(オランダ王家オラニエの英語発音)が成立。
オランダ人の中枢を成していた第2世代アイルランド人は、もともと聖コルンバの布教の頃にアイルランドからネーデルラン
ト地方に拠点を構えたと考えられるのである意味、故地に帰還を試みたわけだが、現アイルランド人と対立した。クェーカー
も同様に、古代イングランドに布教に来た聖コルンバなど、ケルト教会の神官団の末裔という可能性がある。



◎山岳信仰神官団B(エーゲ海・メソポタミア・シルクロードルート)
BC4000年〜

<フルリ人神官団>(アプラハ王国・ミタンニ王国・ウラルトゥ王国)

※彼らはスコーネから南下し、カフカス地方に拠点を築いた。彼らは、クルド人・ダルダニア人・バクトリア人すべての
祖だった可能性がある。その彼らは後代になってから後裔の活躍に刺激され、ミタンニ王国を建てたのだろう。だがウラ
ルトゥの頃にスコーネの新世代であるキンメリア人が侵攻。

☆クルド人神官団(アッシリア帝国・アイユーブ朝)

・アッカド人(アッカド帝国・ギルガメッシュ神話)
・アムル人(バビロニア帝国・ハンムラビ法典)
・ヒクソス人(ヒクソス朝エジプト)

宗教(ネストリウス派・東方アッシリア教会・景教・マラバール教会・バーブ教・バハーイー教)

※ソグド人神官団(太陽神シャプシュ)とシュメール人神官団(天の牡牛)の間に対立が起きたことがギルガメュシュ神
話に記されている。ハンムラビ法典はある意味、新規の異分子排除法だった。「目には目を〜」ということは、何か違法
なことをすれば罰せられるということだが、標的が違法なことをするように仕向ければその標的を合法的に排除できるの
だ。ハンムラビ法典の裏にはそういう権力(古代デーン人神官団・山岳信仰神官団Bクルド系)の悪意が隠れているだろ
う。

☆ダルダニア人神官団(ダルダニア王国・トロイア・ヴェネツィア共和国)

・旧世代ピラミッド建造集団(第1世代ヌビア人・クシュ王国・メロエ王国・葦嶽山)
・新世代ピラミッド建造集団(カナリア諸島/グイマーのピラミッド・パンチャコヤ・チチェンイツァ・テオティワカン文明・アステカ帝国)

※ダルダニア人からは、ミケーネ人・スキタイ人・スパルタ人・コリントス人という後裔が輩出された。ダルダニア人自
身はピラミッド建造神官団として、また、ヴェネツィア共和国の中枢を形成した。ヴェネツィアのマルコ・ポーロという
諜報員は、モンゴル帝国の中枢にまで進出し、情報収集を行っていた。
ピラミッド建造とは、「聖なる山(山岳信仰の拠点)」を人間の手で造る行為だったのではないか。ピラミッドが建つ地
域には山が無いが、それでは山岳信仰神官団は困るわけだ。ということで、彼らは拠点のダルダニアからエジプトに赴き、
ヌビアを拠点にピラミッド建造技術を発展させ、いくつものピラミッドを建造。のちに、オリエント地方に来訪した第2
世代ドルイド神官団Bに同行し、パンチャコヤ、またエラム人に同行し、日本にまでやってきた可能性がある。ユカタン
半島への途上にあるカナリア諸島で足跡を残しているのが興味深い。パンチャコヤに独自の勢力圏を築こうとしたらしい
がその思惑は外れ、結局ユカタン半島で第2世代ヘリオポリス神官団や第1世代ドルイド神官団と共にマヤ文明を牽引し
た。一時、テオティワカンに拠点を築いたが、ダーナ神族・ピクト人に破壊され、第1世代ドルイド神官団が北上して北
米に去り、太平洋を渡ったアトゥム神神官団がダーナ神族を駆逐してからは、ダルダニア人、第2世代ヘリオポリス神官
団、アトゥム神神官団がアステカ帝国を共同で支配した。中南米の文明は、いわば、新勢力に追い立てられた旧勢力が行
き着いた楽園だったというところか。そのため、旧世界では当たり前だった鉄・車輪の存在は極秘に扱われ、それに気付
いたアステカ市民は生贄という口実をつけられ完全排除されていた。
エジプトのピラミッドなど、巨石を使用する建築法の場合、彼らは、最初に長方形に切り出してから、更に円柱形に削り、
建設現場までゴロゴロ転がして運んでから足場を上がって組み込み現場で3つほどに切り分けて四角に削りなおして巨石
を使用したと考えられる。足場では転がらないようにかましみたいな物も用意されていただろう。二回削るので最初に切
り出したときはかなり大きなモノになったに違いない。切り出す際は、3個くらいの石が出来る長さに切り出しただろう。  

◇スキタイ人神官団(竈の女神タビティ信仰・エナレエス神官団・メディア王国)

◇アケーア人神官団

・イオニア人(第1世代アテネ市・イオニア同盟)
・ミケーネ人(ミケーネ文明・サムニテ王国・カンパニア王国)

宗教(エレウシスの密儀・ダクテュロイの密儀・テルキネスの密儀・クーレテスの密儀・カベイロイの密儀)

◇ドーリス人神官団

・スパルタ人(古代リビア・サイス朝エジプト・マウリア朝マガダ王国・古マタラム王国・クディリ王国)
・スパルタ人(グレコバクトリア王国・インドグリーク朝・ローマ帝国/セウェルス朝)
・キプチャク人(キプチャク草原・ホラズムシャー朝・マムルーク朝エジプト・リトアニア公国)

・コリントス人(コリントス市・マケドニア帝国・セレウコス朝シリア・プトレマイオス朝エジプト・アルメニア王国)
・コリントス人(マケドニア帝国・ビザンツ帝国諸侯・青年トルコ党・トルコ共和国)

・アルメニア人(キリキア王国・ビザンツ帝国/ヘラクレイオス王朝・ビザンツ帝国/マケドニア王朝・アルメニア共和国)
・コリントス人(アルメニア王国・ゴート人・西ゴート王国・セルビア王国・ユーゴスラビア社会主義連邦共和国)
・コリントス人(西ゴート王国・アストゥリアス王国・レオン王国・カスティーリャ王国)
・コリントス人(アルメニア王国・ゴート人・東ゴート王国・ルス人・リューリク・第1世代キエフ公国・ウラジミール公国・モスクワ大公国・ロシア帝国・ソビエト連邦)

・スウェード人(メーラル王国・インリング王朝・ノルウェー王家・ステンキル王朝・第3世代フィンランド・第3世代エストニア)
・コリントス人(ワリアギ/スウェード人・ノヴゴロド公国・第2世代キエフ公国・ウクライナ共和国)
・コリントス人(オデッサ/ウクライナ・フィリキ エテリア・ギリシア共和国)

宗教(セラピス密儀・アリウス派・アルメニア教会・ロシア正教)

※ダルダニアを出たアケーア人はミケーネ文明を起こし、ドーリス人はスパルタ人とコリントス人に分化。コリントス人
からはアルメニア人が分化した。コリントス人はゴート人を指揮して東西ゴート王国を、また、後にスウェード人を指揮
してキエフ公国を建てた。
ローマ共和国時代、コリントス人(マケドニア人)は祖を同じくするダルダニア人と対立していたが、ダルダニア本拠地
でのダルダニア人の活動が消滅すると同時にスキタイ人が出現し、中央アジアを荒らし回る。これは興味深い。ダルダニ
ア人は後にヴェネツィア共和国を形成し、白人大航海時代までの間、攻勢を誇る。ノルマン人の魔女狩りの命令も無視す
るほど力があった。
コリントス人は他のデーン人同様、当時、現世人類を指揮下に置いて軍団を率いる手法を用いていた。最初に、マケドニ
ア人の首長アレキンダー大王を指揮下に置いてオリエント地方を席巻し、次にコリントス市をローマ軍に焼き尽くされ、
アルメニアに拠点を築いた彼らは、スウェーデンに趣いてゴート人を指揮下に置き、ローマ帝国に復讐。西東ゴート王国
を建てた。東ゴート人の中枢がルス人となり、西ゴート王国の中枢は崩壊後にアストゥリアスとセルビアに拠点を築いた。
同じように、ゴート人に接触を試みたコリントス人の一派がスウェーデンに拠点を築き、スウェード人となっていたが、
東ゴート系のコリントス人部隊は祖を同じくする者としてスウェード人にスラブ地域進出の協力を打診。当初、両者(
東ゴート系コリントス人部隊=ルス人+コリントス人の後裔スウェード人)は共同でスラブ人を勢力下に置くことに同意
していたが、スウェード人は途中で独自に動き、ルス人の勢力圏であったキエフを占領。キエフがスウェード人のを首都
となった。こうして、モンゴル軍襲来以前はスウェード人が主導権を握っていたが、タタールの軛以後はルス人が中枢を
担うモスクワ大公国が台頭。ロシア帝国の基礎を形成した可能性がある。
コリントス人のギリシア拠点は2000年以上前に消滅したが、現在では独自に動く拠点が6つ程あると考えられる。
バクトリア・インド支配を断念したスパルタ人の中枢は、中央アジアに移転、トルコ系騎馬民族を指揮下に置いた。それ
がキプチャク人の祖となり、最終的にサイス朝以来、数千年ぶりにエジプトの中枢に君臨。マムルーク朝を建てた。一方、
一部の勢力はリトアニアに拠点を築き、リトアニア公国を建て、アヴァール人のポーランド王国と共に中央ヨーロッパに
覇を唱えた。

☆バクトリア人神官団(カンボージャ王国・シャイレーンドラ朝・クメール帝国・カンボジア王国)

・サカ人(リッチャヴィ国家・ヴァッジ共和国・シューラセーナ共和国・マッラ共和国・カピラバストゥ王国)
・インド・サカ人(パフラヴァ王国・西クシャトラパ王国・インドサカ王朝)
・ホータン・サカ人(ヴィジャ王家・フヴァタナクシーラ・チベット王国・吐藩)
・マッサゲタイ人(パルニ族・アルシャク王朝・パルティア王国・インドパルティア王朝・パキスタン)

宗教(須弥山信仰・カイラス山信仰・六師外道・仏教・ジャイナ教・ボン教・三論宗・THE OSHO)

※バクトリア人はスコーネから来訪したフルリ人から分化し、更にサカ人などが輩出された。だが、拠点のバクトリアは古来か
らさまざまな勢力が進出し、支配勢力が二転三転した。彼ら自身はカンボージャからインダス河を下り、東南アジアに赴いて
クメール帝国を建てた。
サカ人は、世界的な宗教、仏教・ジャイナ教・ボン教を形成した優れた神官団であるが、異分子排除の本能は忘れていな
い。彼らは、本来、アーリア人神官団の影響力(カースト制)を排除するために仏教・ジャイナ教を形成した。その後、、後進
の第2世代ドルイド神官団Fの勢力がヒンズー教(シヴァ派・ヴィシュヌ派)を形成して広めたことにより仏教が衰退、イグドラ
シル神官団A(エフタル)がインドでの仏教止めを刺した。しかし、仏教は第2世代ドルイド神官団Gに継承された。ボン教も、第
2世代ドルイド神官団Fが形成したチベット仏教によって無力化し、逆にチベット仏教を取り入れることで生き残りを図った(ニン
マ派)。ジャイナ教は今でもヒンズー教と同じくらいインドで勢力を保っているという。

<キンメリア人神官団>(ケルト人・ハルシュタット文明)

※山岳信仰神官団であると考えられるキンメリア人は、本拠地のスコーネでケルト人を指揮していた可能性がある。だが、
彼らは新世代樹木信仰神官団により支配者の座を奪われ、代わりにイグドラシル信仰神官団(アメリカ合衆国の祖)がス
コーネで台頭した。



◎第1世代ドルイド神官団(アトランティス伝説発祥)
BC3000年〜

・旧世代ドルイド神官団(ガリア・ベルガエ人・ボイイ族・ダキア人・スー族・マヤ文明)
・新世代ドルイド神官団(チャーティスト運動・ディザレット州)

・ルシタニア人(コンキスタドール・アラゴン王国・アラゴン地中海帝国)
・イリュリア人(ルサチア文化・イリリュア王国・ローマ帝国/後期軍人皇帝時代・ローマ帝国/テトラルキア朝)
・イリュリア人(アルバニア人・ムハマンド アリー朝・アルバニア共和国・コソボ共和国)

・モルモン教(ゴーストダンス・サイエントロジー)

宗教(ドルイド教・ククルカン神信仰)

※彼らは大航海時代に於いて、世界各地にA〜Hに至るドルイド神官部隊の末裔を残した。海の民として世界に進出した
彼らはドルイド神官団第2世代としてアフリカ大陸、アラビア半島、オリエント地域、インド亜大陸、東南アジア、東ア
ジア、南米を席巻。古代の支配勢力を排除し、各地域に君臨した全ての支配勢力の祖と言える。CHUSIN、DIVA
N、MONOは天孫、LEIGHは華僑、LANKER、CHOLA、CHERAはインド勢力、NIGERはニジェー
ル河勢力、PARISHはペリシテ勢力、ARAMはフェニキア人勢力(新アラム人)、MAYはマヤ人勢力、JARM
ANはアル・ヤマン勢力としてみなブリテン島から出発したのだろう(推測に過ぎない)。
だが、ブリテン島の第1世代ドルイド神官団は、第2世代ドルイド神官団(トロイ人を自称)の帰還によりガリア(植民
地)・ルシタニア(イベリア半島中枢)・イリュリア(アドリア海中枢)に拠点を移転した。ルシタニアからはコンキス
タドールやアラゴン王国を形成する集団が輩出され、イリュリアからはローマ帝国皇帝、反オスマン・トルコ帝国勢力が
輩出された。のちに、ユタ州をアメリカでの拠点、ベルギーを欧州での拠点として獲得する。
ローマ帝国に正式な拠点であるルシタニアを奪われた際、スエビ人を支配下に置き、見事にルシタニアを奪還したが、結
局、ブルゴーニュ家(第2世代ドルイド神官団A2)にポルトガル王国を作られ、スペインのエストマレドゥーラに中枢を移転。
ハプスブルグ家のスペイン王国に同行。コンキスタドールとしてアステカ帝国・インカ帝国に侵攻し、マヤ以来、南米に
覇を唱え、更にハプスブルグ家に反抗し、ゴンサロ・ピサロなどは処刑された。
マヤ文明に於いてはスー族の前身を伴い、オルメカ文明を破壊。エジプト支配を放棄した太陽信仰神官団B(第2世代ヘ
リオポリス神官団)がユカタン半島に太陽神ククルカン信仰を形成していたが、第1世代ドルイド神官団はククルカンを
蛇の神として自分たちのものと主張したため、ククルカンは太陽神であると同時に蛇の神となった。ダルダニア人(ピラ
ミッド建設神官団は)は、第2世代ヘリオポリス神官団と合同でピラミッドを建設し、第1世代ドルイド神官団は異分子
を排除するために「神に捧げる生贄」という排除法を実行した。似たようなことは本拠地のガリアでも行われていた。3
者は協力しあってはいなくて、特にドルイド教神官団は、他の2勢力の実力者なども「生贄」と称して排除していたはず
である。第2世代ドルイド神官団(ブリトン人)、新樹木信仰神官団(新デーン人・ノルマン人)の台頭により、ブリテ
ン島に居場所が無くなった彼らはアメリカ大陸に赴き、ユタ州を拠点にモルモン教を作ったが、つまり、アメリカにはい
ろんな勢力、モルモン教(第1世代ドルイド神官団)、改革派(第2世代ドルイド神官団A1・ブリトン人)エホバの証
人(第2世代ドルイド神官団A3・ブルターニュ人)、クェーカー(巨石信仰神官団・アイルランド系イングランド人)、
セブンスデーアドベンチスト教団・クリスチャンサイエンス・福音派他(イグドラシル神官団C)、アメリカ自由メソジ
スト教会・南部バプティスト連盟(イグドラシル神官団B)、スー族(第2世代ドルイド神官団H1)、セミノール(イ
グドラシル神官団A・ダーナ神族)、マルーン(第2世代ドルイド神官団D3)、シチリア・マフィア(第2世代ドルイ
ド神官団B1・フェニキア人)などがいる。



◎第2世代ドルイド神官団A1+A2
BC1500年〜

・ブリトン人(ブーディカ・ウェールズ・チューダー朝・イングランド共和国・大英帝国・モルガン財閥・オーストラリア連邦)
・ブルターニュ人(ブルターニュ公国・スチュアート朝・ジャコバイト・共和制フランス・カナダ連邦)

・ハロード人・ルーグ人・ヴァルン人(ノルウェー地方・ユトランド植民地)
・ノルウェー人(オークニー諸島・マン島・ダブリン市・アイスランド共和国・初期ノルウェー王国)
・チューリンゲン人(薔薇十字団)

宗教(ドルイド教・アタナシウス派・アナバプティスト・改革派・ユグノー・赤十字・聖公会・清教徒・長老派・第2世代フリーメイソン・ジャコバン派・最高存在の祭典・米国聖公会・エホバの証人)

※一般人はなぜヴァイキングが何もない孤島を重要視したか理解できないだろう。じつは、アイスランド・グリーンランド
は、古代から各デーン人神官団がアメリカ大陸に向かう際、西方ルートの拠点だったのだ。そこで、ブリトン人はアイスラ
ンドを押さえることを考え、ノルウェー人を指揮してアイスランド共和国を建てた。古代、いろんな古代デーン人神官団が
アイスランドを拠点にし、アメリカ・ユカタン半島を目指した。この航路を発見したのは、精霊信仰神官団だと考えられる。
彼らは、古代エール島を拠点に北上し、アイスランドを発見。
航路を継承したアラビア半島を拠点にしたベドウィン族・月信仰神官団がそこから更に西征し、アメリカ大陸を発見。カナ
ダのアルゴンキン族・南米全域、フォークランドを周航して、北上し、コロラド川を遡り、プエブロ族の神官団として君臨
した。その後、太陽信仰神官団B・第2世代ヘリオポリス神官団(マヤ文明)、山岳信仰神官団A・古代セネガル神官団(
オルメカ人の祖)、牡牛信仰神官団?金星信仰神官団(古代カリフォルニア)、山岳信仰神官団B・ダルダニア人ピラミッ
ド建造神官団(マヤ文明)、第1世代ドルイド神官団(マヤ文明)が後続として続いた。後にコロンブス(ロンバルディア
人)が新航路を発見するまでの500年間、どの神官団もアメリカに行くことは出来なかった。

・第1世代神託神官団(ローマ共和国・ローマ帝国・コロンナ家・オルシーニ家・バチカン市国)
・第2世代神託神官団(サリー族・フランク王国・メロヴィング家・カロリング家・アンスカリ家)
・第3世代神託神官団(ベルギー王国・ベルギー領コンゴ・欧州連合)

・サリー族(バタヴィア人・オランダ東インド会社・バタヴィア共和国)
・カロリング家(カロリング朝・フランドル伯・ラテン帝国)
・アンスカリ家(ブルゴーニュ伯・カスティーリャ=レオン王家・ボルゴーニャ王朝)

宗教(ジュピター神信仰・シビュラの神託・ベネディクト会)

※トロイを滅ぼした第2世代ドルイド神官部隊Aがブリテン島に帰還、トロイの末裔を名乗った。新トロイ人の中からはブ
リトン人(後にブルターニュ人が分化)、アテネ人、神託神官団が輩出され、神託神官団がギリシア圏、地中海地域に神
託文化を残し(自分の意志を神の意志と称して人々、特に王を操る術)、更に初期ローマ共和国の中枢に君臨。のちにロ
ーマ帝国に発展した。
だが、ローマ帝国時代にはいろんな宗教勢力が入り込んだ。巨石系地母神信仰神官団(フリギア人)のデュオニソス・キ
ュベレーの密儀、牡牛系天候神信仰神官団(シュメール人)或いは、第2世代ドルイド神官団B(フェニキア人)によるバー
ル神崇拝、太陽信仰神官団Aオビ河系(ソグド人)によるミトラ教、第4世代ヘリオポリス神官団(蛇信仰神官団)のイシス
の密儀、第1世代ドルイド神官団のドルイド教、牡牛信仰神官団(ユダヤ人)のキリスト教、新樹木信仰神官団(新デーン
人・サドカイ派)のグノーシス派・アタルガティス教など。
そのため、神託神官団は、ローマ帝国末期にはローマ支配を一時放棄し、アテネ人にならってライン川に進出。アテネ人は
リプアリ族を、彼らは、サリー族を指揮下に置いた。そして、フランク人を使ってローマ帝国に入り込む新規勢力の打倒、ま
たローマ帝国の再建を試みた。その結果、アテネ人のリプアリ族を吸収し、フランク王国を新規に建設。だが、のちにはカロ
リング朝の男系断絶により、アテネ人のリプアリ族にテイキングオーバーされた。サリー族の中にはバタヴィア人がいたが、
それがインドネシアのバタヴィーやバタヴィア共和国の成立につながっている。


◎第2世代ドルイド神官団A3
BC1200年〜

・第1世代アテネ人(アテネ市・アテネ系地中海植民地・民主主義思想・ストア派思想)
・第2世代アテネ人(リプアリア族・ロベール家・ルクセンブルク大公国)

・ロベール家(カロリング朝末期・ロベール朝・カペー家)
・カペー家(カペー朝・ブルゴーニュ家・アンジュー家・ヴァロワ家・ブルボン家)
・ヴァロワ家(ヴァロワ朝フランス王国・トワゾンドール騎士団)
・ブルゴーニュ家(ブルゴーニュ朝ポルトガル)
・アンジュー家(アンジュー帝国・シチリア家・プランタジネット朝・ランカスター朝・ヨーク朝・ガーター騎士団・カルボナリ)
・ブルボン家(オルレアン家・ブルボン朝フランス王国・ナポリシチリア王国・スペイン王国・ケベック州)

宗教(ノートルダム司教座聖堂など)

※ゲルマン人(キンブリ人・テウトニ人)の襲来に驚いたアテネ人は諜報員(タキトゥス)を北欧に送り、調査した結果、
新デーン人が背後で指揮していたことを知り、ゲルマン人を指揮下に置いて戦力とすることを画策。結果、彼らはライン
河畔にいたゲルマン人に接触し、反ローマ帝国勢力として育成。そのゲルマン人はフランク人と呼ばれたが、アテネ人
の指揮下のリプアリ族はライバルの神託神官団が指揮下に置いていたサリー族に吸収され、のちにカロリング朝でサ
リー族の男系が断絶した際にアテネ人がロベール朝・カペー朝を建て、多くの貴族の家系を残し、フランスを中心に10
00年間君臨し続けた。
ゲルマン人を指揮下に置く戦法はコリントス人、ブリトン人、フェニキア人もアテネ人から盗み、それぞれがゴート人、ヴ
ァンダル人、スエビ人などを指揮下に置き、ローマ帝国を滅亡に追いやり、古巣を奪還したり新規の勢力圏を得た。
100年戦争は、イギリスとフランスが戦ったと一般に言われるが、じつは、第2世代ドルイド神官団A部隊の内紛のような
ものだったといえる。アンジュー家vsヴァロワ家+ブルターニュ公国の戦争だったのだ。



◎第2世代ドルイド神官団B1+B2
BC1200年〜

・フェニキア人(ビュブロス市・テュロス市・シドン市・ベイルート市・カルタゴ市・シチリア島・キプロス島・マルタ島)
・フェニキア人(カルタゴ市・パリサイ派・ハスモン朝・スファラディ・後期ウマイヤ朝・西カリフ帝国)
・フェニキア人(エオリス人・テーバイ市・神聖隊・アマゾネス・サルマタイ人)
・サルマタイ人/中央アジア(コルキス王国・グルジア共和国)
・サルマタイ人/欧州(聖ヨハネ騎士団・ロードス騎士団・マルタ騎士団)

・シチリア人/イタリア(マフィア・カモッラ・ヌドランゲタ・サクラ コローナ ウニータ・コルシカ ユニオン・シカーリオ)
・シチリア人/アメリカ(コーザ ノストラ・アウトフィット)

・アラム人(新バビロニア帝国・バグダッド市・バース党・フセイン政権・シリア)

宗教(パリサイ派・カバラ神秘主義・スーフィー神秘主義・カーディリー教団・スフラワルディー教団)


◎第2世代ドルイド神官団B3
AD500年〜

<プラハ司教・バイエルン司教・モラヴィア司教など>

・マルコマンニ人(マルコマンニ王国・モラヴィア王国・バイエルン王国・トゥーレ協会・ナチスドイツ帝国)
・ヴァンダル人(ヴァンダル王国・ヴェンデ人・ボヘミア王国・聖ヴァーツラフの王冠諸邦・チェコ王国・黒衛軍)

宗教(フス派・タボール派・モラヴィア兄弟団)

※アラム人はエラム人と同じ系統の人々であり、ブリテン島から出撃。彼らは祖先と同じ道を辿り、海の民としてフェニ
キア人・古代エラム人の末裔を指揮下に置いた。そして、彼らは新バビロニア帝国を建て、北アフリカを勢力下に置いた。
フェニキア人はもともとバビロニア帝国を建てたアムル人の系統だが、カナンに来襲した第2世代ドルイド神官団Bの指
揮下のもと、地中海の雄として君臨した。その際、彼らはシチリア島のパレルモに拠点を築き、後にパレルモのフェニキ
ア人の末裔がマフィアを形成し、イタリアやアメリカに拠点を築いた。
ローマ帝国にカルタゴ市を焼き払われたあと、彼らは一時的にカナンに帰還。だが、当時はコリントス人(マケドニア人)
の支配下にあったため、彼らはユダヤ人を扇動し、マケドニアの支配に反発。ハスモン朝を形成。この時にパリサイ派が
誕生。だが、彼らはカルタゴ奪還を忘れることは無く、ゲルマン人大移動時代にマルコマンニ人・ヴァンダル人に協力を
打診、彼らを指揮し、チェコに拠点を築き、カルタゴ奪還も成功した。ヴァンダル王国が崩壊したあと、ヴァンダル人は
北上し、ヴェンデ人としてチェコあたりに拠点を築き、同胞のマルコマンニ人と共同で中央ヨーロッパに勢力圏を建てた。
フェニキア人がテーバイに拠点を築き、エオリス人が黒海・アゾフ海に拠点を築くと、神聖隊がアマゾネスの伝説を生ん
だ。その後、彼らの後裔がサルマタイ人に展開。フェニキア人が指揮下に置いたヴァンダル人と共にローマ帝国を崩壊
に導いた。遊牧騎馬民族であったサルマタイ人は欧州で聖ヨハネ騎士団となった。
ヴェンデ人は、エフタルの末裔であるドイツ人入植者の影響力を排除するためにチェコでフス派を形成し、神聖ローマ帝
国に反抗。世界史上はじめて鉄砲を用いて戦った。北方十字軍では、新デーン人連合である、リヴォニア帯剣騎士団(シ
トー修道会)・ドイツ騎士団(エフタル)とノルマン人(デンマーク人)の標的になったが、第2世代ドルイド神官団B
3(フェニキア人)は、ヴァンダル人の後裔ヴェンデ人を指揮し、ノヴゴロド公国(コリントス人の後裔スウェード人)、
第2世代エストニア・第2世代フィンランド(太陽信仰神官団A・ソグド人/天皇一族・蘇我氏)、リトアニア(山岳信
仰神官団B/キプチャク人=スパルタ人)、ノヴゴロド公アレクサンドル・ネフスキー(コリントス人)と共に戦った。
ナチスは、ハプスブルグ系統の諜報員部隊とバイエルン系の諜報員部隊で形成された第3世代ドルイド神官団と第2世代
ドルイド神官団Bの連合部隊だったかもしれない。



◎第2世代ドルイド神官団C1+C2
BC1200年〜

・ペリシテ人(ナバタエ王国・パルミラ王国・ニザーム族・クライシュ族)
・ペリシテ人(ウマイヤ朝・アッバース朝・マルワーン家・ハーシム家・ヒジャーズ王国・イラク王国・ヨルダン)
・ペリシテ人(アグラブ朝・カイラワーン市・アルモラヴィド帝国・ガーナ王国・カネムボルヌ帝国)

・第2世代テーベ人(アメン神官団国家・ガラマンテス人・トゥアレグ族・マフディー国家・ラバー帝国)
・第2世代ヌビア人(クシュ王国・第25王朝エジプト王国・メロエ王国・フンジ王国・スーダン)

宗教(アメン神信仰・イスラム教・スンニ派・マーリク派)

※第2世代ドルイド神官団Cはフィリスティン地域を拠点にナイル河を遡り、ダルダニア人の拠点であったヌビアやホル
ス神神官団の拠点であったテーベに侵攻。それぞれの地域の第2世代として君臨。彼らは、ヌビア人を指揮下に置いて第
25王朝をエジプトに築いた。この侵攻によってダルダニア人はカナリア半島経由でユカタン半島へ、ホルス神神官団は
テーベを離れ、アナトリア半島にリディア王国を建設(彼らはリディアを拠点にエトルリア・ソル神神官団として大成す
る)。その後、第2世代ドルイド神官団Cは、アラビア半島に進出し、メッカに拠点を築いていたが、アラビア半島の主
である第2世代ドルイド神官団Eはそれを喜ばず、クライシュ族の中の反体制勢力であったと考えられるマホメットと共
同でイスラム教を形成した。



◎第2世代ドルイド神官団D1+D2
BC1100年〜

・ニジェール河口(忌部氏・ベニン王国・ダホメー王国・ヨルバ王国・サモリ帝国・アシャンティ帝国・ファン系集団)
・チャド湖世界(ハウサ諸王国・オヨ王国・ルワンダ王国)

・ザイール河世界(コンゴ王国・ガンダ王国・ガンガイジ首長国)
・ニジェール河世界(ガーナ帝国・マリ帝国・ソンガイ帝国)

宗教(シャーマニズム文化・ヴォドゥン信仰)

※第2世代ドルイド神官団Dは、もともとナイジェリアあたりに拠点があったがニジェ−ル河口勢力がニジェール河を遡
り、ガーナ帝国・マリ帝国・ソンガイ帝国を、またチャド湖勢力がザイール河を遡り、コンゴ王国・ガンダ王国・ガンガ
イジ首長国を形成した。ナイジェリアに多いイベという名は忌部氏の祖である。ナイジェリアの神官イベ氏は天孫と共に
日本に同行した。中枢の拠点はニジェ−ル河口とチャド湖にあった。それぞれヨルバ王国とハウサ諸王国を本拠地にして
いた。ルワンダ紛争ではツチ族とフツ族が対立していたが、ツチ族はもともとチャド湖地域から来てコンゴ王国などを建
てた第2世代ドルイド神官団Dの中枢勢力で、フツ族も奴隷としてアメリカに連れ去られたが、のちにルワンダに帰還し
た第2世代ドルイド神官団Dの中枢勢力勢力だろう。だからもともとは双方とも祖を同じくする者だが、帰還派が旧勢力
と対立した。コンゴ、ザイール、ウガンダなど彼らが中枢を形成した国が付かず離れずの位置にあるルワンダは重要な拠
点なのだろう。


◎第2世代ドルイド神官団D3(マルーン)
AD1500年〜

・ベナン ヴォドゥン神官団(パルマーレス国・ハイチ帝国・トントンマクート・スリナム・パナマ・ジャマイカ・全米黒人地位向上協会)
・ブラックセミノール(フロリダ州・オクラマハ州・テキサス州・バハマ・メキシコ北部)

・黒人メソジスト神官団(リベリア自由国・キンバング教会・カーキ教)
・黒人カトリック神官団(全国黒人カトリック会議)
・黒人バプティスト神官団(デクスターアヴェニューバプティスト教会・南部キリスト教指導者会議・マルコムX・ブラックパンサー党)

宗教(ヴードゥー教・カンドンブレ教・サンテリア教・マクンバ教・ポッターハウス・ニューバース)

※ドルイド神官Dは3勢力の争いが奴隷狩りに拍車を掛けたと考えられる。アメリカ大陸の事を聞いた第2世代ドルイド
神官団Dは支配下の現生人類が高度な船を作る技術を持っていなかったため、神官を兼務する諜報員の団体みずからが奴
隷として白人の奴隷運搬船に乗り込んだ。もちろん一般の黒人はそんなつもりはなかっただろう。彼らは計画どおり農場
から逃亡し、反ノルマン人勢力としてマルーンと呼ばれ、拠点はキロンボと呼ばれた。ハイチのマルーンはヴードゥー教
神官団を形成。独立戦争をはじめ、大英帝国の力も借りずにフランス人勢力を排除し、砂糖の一大生産地ハイチを独立さ
せ、トントン・マクートなどを結成して異分子排除を慣行した。
アメリカ合衆国では、第2世代ドルイド神官団Dの神官兼諜報員と考えられるナット・ターナーが反乱を起した。その際、
ノルマン人はその第2世代ドルイド神官団D勢力を根こそぎアフリカに移転、新規にリベリア国を作った。だがリベリア
でも、第2世代ドルイド神官団D(黒人メソジスト神官/ウィリアム・ワド・ハリス)は宗教で現地人を操り、白人に反抗
した。また、リベリアを拠点にアフリカに帰還した第2世代ドルイド神官団Dはコンゴ、ケニアなどにも進出。アメリカ
では黒人バプティスト教会からキング牧師やマルコムXが輩出された。マルコムXは第2世代ドルイド神官団F2が形成
したネイションオブイスラム教団に参加。デンマーク・ウィージー(西インド諸島)はベナン ヴォドゥン神官団、ナット
・ターナーは黒人バプティスト神官団の神官を兼務する諜報員だった。



◎第2世代ドルイド神官団E1+E2
BC1000年〜

<第1世代アル・ヤマン>

・サバエ人・ミネア人(シバ王国・サバエ王国・ミネア王国・サファ人・リフヤーン人・サムード人・ヒムヤル人)
・カタバーン人・ハドラマウト人(ハドラマウト王国・アビシニア人・アクスム王国・ザイド派・イエメン人民民主共和国・アルカーイダ)

・第1世代ヒムヤル人(第1次ヒムヤル王国・第2次ヒムヤル王国・アラビア人ユダヤ教徒・メディーナ)
・第2世代ヒムヤル人(メディーナ・イスラム教・正統カリフ4代・キルワ王国)

・第1世代ヒムヤル人・スワヒリ人(キルワ王国・モンバサ・マリンディ・ラム諸島・ザンジバル・モガディシュ・コモロ諸島他)
・第2世代ヒムヤル人・スワヒリ人(バニー=ヤース族・ナヒヤーン家・マクトゥーム家・アラブ首長国連邦)
・第3世代ヒムヤル人・スワヒリ人(エリトリア・ソマリア・アル シャハブ)

<第2世代アル・ヤマン>

・タヌーフ人(ラフム王国・シーア派・イスマイール派・ハーリジュ派)
・シーア派(イドリース朝)
・イスマイール派(ファティーマ朝・ニザール派)
・ニザール派(アササン教団・ホラズム・インド・パキスタン・シリア・アフガニスタン・タジキスタン・ザンジバル)
・ハーリジュ派(ルスタム朝・ミドラール朝・シジルマサ)

・ガッサーン人(ガッサーン王国・エチオピア教会・コプト教会・マロン派・レバノン)

・キンダ人(アナイザ族・ハリーファ家・サバーハ家・サウード家・ハンバル学派・ムスリム同胞団・ジハード団)
・サウード家(ワッハーブ派・第1次サウード王国・第2次サウード王国・サウジアラビア王国)
・ハリーファ家(バーレーン王国)
・サバーハ家(クウェート国)

宗教(月信仰・イスラム教・シーア派・イスマイール派・ハーリジュ派・ワッハーブ派)


◎第2世代ドルイド神官団E3+E4
BC500年〜

<アビシニア>

・第1世代アビシニア人・ハドラマウト人(アクスム王国・シルック人・イエメンアラブ共和国)
・第2世代アビシニア人・ハドラマウト人(シルック人・ニョロ帝国・ナンディランド・東アフリカ協会・ケニア土地自由軍)

・第1世代アムハラ人・ヒムヤル人(シオン聖堂・ソロモン王朝・エチオピア帝国・アフリカ統一機構)

宗教(シオン聖堂・エチオピア正教・チュエジ精霊信仰・ノミア ルオ ミッション)

※海の民がアフリカに3つの拠点を築いた。第2世代ドルイド神官団Eの祖はタンザニア、第2世代ドルイド神官団Fは
ザンベジ河、第2世代ドルイド神官団Gはニジェール河。第2世代ドルイド神官団Eはのちにアラビア半島南部にアル・
ヤマンを築き、分化した勢力のひとつ(ヒムヤル人・アラビア人ユダヤ教徒)がイスラム教を作ってオリエント地方全域
を支配下に置いた。イスラム帝国は、アラビア半島、アナトリア半島、イラン、西インド、中央アジア、北アフリカにま
で達した。
イスラム教はキリスト教と同じくらい完璧で強力な宗教だが、その後はさまざまな勢力に取り入れられ多くの派閥が出来、
複雑化した。イスラム教を形成した正統派イスラム神官団(第2世代ヒムヤル人)は、正統カリフ4代のみでアラビア半
島地域支配を放棄し、彼らは、その後は東アフリカ地域に進出。スワヒリ文化を築き、北上して新規にエリトリア・ソマ
リアなどに拠点を築いたと考えられる。彼らが去ったあとは、第2世代ドルイド神官団C(クライシュ族)、第2世代ド
ルイド神官団G2(中臣氏)がイスラム王朝を建てた。また、彼らはそれぞれ背後から各種のベドウィン族を指揮したと
考えられる(第3世代ベドウィン族)。タンザニア地方にポルトガルが侵攻した時、イル汗国を経由した第2世代ドルイ
ド神官団G2(藤原氏)が中枢を担っていたと考えられるオマーン土候国がザンジバル島を拠点にザンジバル帝国を形成。
ザンジバル帝国には、インドから第2世代ドルイド神官団F(印僑)も来訪し、経済的な拠点を築いた。第2世代アビシ
ニア人はシルック人を指揮下に置いて南下し、ケニアにナンディランド、湖水地方にニョロ帝国などを建て、白人勢力に
大して強力に反抗した可能性がある。アラビア人キリスト教徒であったガッサーン人は、アビシニア教会、コプト教会、
マロン派などのキリスト教会形成に関与した可能性がある。
アラブ首長国連邦の基礎を築いたアラブ海賊は海と関係が深いはずなので、陸上勢力ではなく、スワヒリ勢力の一派がア
ラビア半島に帰還し、アラブ首長国連邦の祖となったかもしれないし、20世紀にスワヒリからアラビア半島に帰還した
一派はエリトリア・ソマリアなどの中枢として君臨したかもしれない(推測)。



◎第2世代ドルイド神官団F1+F2
BC900年〜

・シンハラ人(ランカー島・タンパパニ王国・ヴィジタプラ王国・アヌラーダプラ王国・ダンパデニア王国・スリランカ)
・シンハラ人(歴代マガダ王国・サータヴァーハナ朝・ヴァルダーナ朝・サッグ団・バングラデシュ)

・チェーラ人/インド(チャールキヤ朝・ヤーダヴァ朝・ネパール王国)
・チェーラ人/東南アジア(シュリーヴァジャヤ王国・シンガサリ王国・ヴィジャヤナガル王国・マイソール王国)
・パンドヤ人(ナンダ朝マガダ・パンドヤ朝・ラーシュトラクータ朝・カーカティヤ朝)

宗教(シヴァ派・カーリー信仰・上座部仏教・密教・チベット仏教カギュ派・ホジャ派)


◎第2世代ドルイド神官団F3
BC900年〜

・チョーラ人/インド(チョーラ朝・マラータ同盟・シーク教国・インド)
・チョーラ人/東南アジア(マラッカ王国・ジョホール王国・マギンダナオ王国・スールー王国・マレーシア・モロ民族解放連合)
・チョーラ人/エチオピア(アガウ人・ザグウェ朝・オロモ人・カファ王国・ギベ諸王国・クライタ王国)
・チョーラ人/南アフリカ(マプングブエ都市国家・ショナ王国・ズールー帝国・アフリカ民族会議・南アフリカ共和国)

・パッラヴァ人/インド(パッラヴァ朝・バフマニー朝・スール朝・ヒジャプール王国)
・パッラヴァ人/インダス河(パシュトゥーン人・ガズ二朝・ドゥッラニー朝・アフガニスタン首長国・タリバン)
・パッラヴァ人/東アフリカ(マダガスカル島・メリナ王国・グレートジンバブエ・ムタパ国・チャンガミレ国)
・パッラヴァ人/インド洋(ボルネオ島・クタイ王国・ブルネイ・第1世代琉球王国)
・パッラヴァ人/太平洋(第2世代ポリネシア人・ハワイ王国・トンガ王国・マオリ族・イースター島・チムー王国)

宗教(ヴィシュヌ派・密教・スーフィズム・禅宗・シーク教・スビキロ・チムレンガ・マジマジ・パイマリレ教・リンガトゥ教・ネイション オブ イスラム教団)

※海の民は地中海ルートを取った勢力だが、アフリカを就航した一派がいた。彼らは、ランカー島に拠点を築き、インド南
部に勢力圏を築いた。そしてそこから日本にも足を伸ばすわけだがインドに於ける主な勢力は、ランカー島を拠点にし、ラ
ンカー、チェーラ、チョーラの3勢力に分化した。ランカー人はガンジス河を遡り、マガダ王国を築き、そこで分化した勢
力がランカー島に帰還し、シンハラ人と呼ばれるようになる。また、チェーラからはパンドヤという勢力が分化し、チョー
ラからはパッラヴァという勢力が分化。シンハラ人は、代々マガダ王国を納め、チェーラ人はインドネシアに進出し、シュ
リーヴィジャヤ王朝を建てたし、パッラヴァ人はボルネオ島に進出。そしてそこを拠点にして西はマダガスカル・東アフリ
カ、東はポリネシア諸島・ハワイ・ニュージーランド・南アメリカ(チムー王国)にまで勢力が及んだ。自身が納める東ア
フリカ勢力圏で、パッラヴァ人がポルトガルと戦闘を繰り返している時、自身が納める太平洋勢力圏のトンガ人を傭兵とし
て東アフリカに派遣しているのがおもしろい。
パッラヴァ人は、蛇信仰神官団やエラム人が中止して以来、1000年間太平洋で停滞していた東征を復活させ、ハワイ、
ニュージーランドを発見。東南アジアなどではイスラム教を広めた。またインダス河を遡り、タリバンの祖であるパシュト
ゥーン人を指揮下に置いた(推測だが)。彼らはインド本土ではマイソール王国などを建て英国と提携し、チョーラやチェ
ーラ勢力と対立したが、海外に於いては一部地域は除き、彼らは総じて白人に対して強烈に反抗した。
イースター島は、流刑地と建築職人の修行の場を兼ねていた。ギザのように、長方形の石を切り出し、丸く加工してから転
がして建築現場まで運び、石を立ててからモアイを製造したのではないか。モアイ製造のプロセスがあらゆる建築に対応す
る技術の習得に繋がった。絵画の基本を身に着ける手っ取り早い方法は人体を知ること(デッサン・クロッキー等)だが、
人体の形状・構造を知ることは建築の基本に於いても重要だったのではないか。そのためにモアイが彫られた。また、石を
切り出して運ぶ作業は流刑地に流された囚人に課せられた。彼らはパッラヴァ人の勢力圏で権力に反逆する異分子、または
犯罪者として排除された者たちだったかもしれない。イースター島で建築技術を習得した技術者はみな、太平洋地域・イン
ド本土・インカ帝国などに送られただろう。インド本土にこだわったチョーラ人は、マラッカ系チョーラ人・パッラヴァ人
とは違い、ガンジーに代表されるように白人式経済を受け入れ、印僑として南アフリカなどに進出した。印僑の中にはガン
ジーのような神官を兼務する諜報員がいて現地のズールー族などを指導して白人に対して蜂起したはずである。



◎第2世代ドルイド神官団G1(華僑・客家)
BC800年〜

◇長江・道教神官団

<ビン(第3世代ミャオ族・楚)>

・ビン/中国(福建王国・魏・王直・福建海賊・天地会・小刀会・哥老会・香港・澳門)
・ビン/東南アジア(トンブリー朝・チャックリー朝・ラ リガ フィリピナ)
・ビン/客家(魏・拝上帝会・太平天国・興中会・辛亥革命・台湾・チナワット家・シンガポール)

・ビン/日本(邪馬台国・松浦党・出戸・壱岐・対馬・生長の家・幸福の科学)
・ビン/朝鮮(倭寇・第2世代新羅)
・ビン/台湾(倭寇・鄭氏政権台湾)

<楚(雲南・越)>

・雲南(六詔国・南詔国・大理国・ペグー朝・モン族・スコータイ王朝・ラオス)
・越人(漢王朝・蜀・斉・宋王朝・明王朝・上海・中華民国南京政府/台湾・ベトナム社会主義共和国)

宗教(道教・五斗米道・天師道・正一教・白蓮教・黄檗宗・陽明学・朱子学/東林書院)

※客家は春秋戦国時代に北方に拠点を築いた福建人の中枢勢力(魏など)が一部、本土に帰還したものと考えられる。た
だ客家には北方の天孫系勢力(呉人)も若干存在するのではないか。
東アジアに来訪したドルイド神官団Gは九州に上陸し、一方は天孫として黒龍江に向かい、一方はビンを建国。ビンの勢
力は長江を遡り、第1世代ミャオ族を支配下に置き、楚を建国。その楚から越・雲南地方に勢力が分化。雲南人は東南ア
ジアに、越人は漢・明などを建て、ビン人は福建王国・新羅・魏・邪馬台国などを建て、中国・九州の海賊勢力を束ねた。
また、越の一部勢力は台湾を支配する越勢力と対立し、天孫の系統である呉の末裔勢力と提携し、共同で中国を統治して
いると考えられる。


◎第2世代ドルイド神官団G2(天孫族)
BC800年〜

◇黒龍江・道教神官団

・蒙古高原: 東胡・匈奴・鮮卑(鎮・唐王朝・三階教・無尽蔵院・黄巾族・吐谷渾)
・黄河上流: テイ族・羌族(前秦・後秦・パガン朝・タウングー朝・コンバウン朝・ミャンマー)
・朝鮮半島: 扶余(馬韓・百済)
・長江下流: 呉(春秋時代・三国時代・五代十国時代・客家・湘軍・北洋軍閥・武漢国民政府・中国共産党・紅幇)
・日本列島: 大和国(弁韓・任那府)

宗教(道教・太平道・浄土教・天台宗・華厳宗・法相宗)

※当時の日本にはさまざまな勢力がいた。アトゥム神神官団・第1世代ヘリオポリス神官団(第1世代出雲国)、山岳信
仰神官団A・バスク人(第1世代諏訪国)、シャプシュ神神官団・ソグド人(第1世代熊野国)、樹木信仰神官団・エラ
ム人(東北・第2世代熊野国)、河姆渡神官団・ヤクート人(北海道・アイヌ人)、牡牛信仰神官団・シュメール人(第
2世代諏訪国・第2世代出雲国)、巨石信仰神官団・エール人(明日香村)、山岳信仰神官団B・ダルダニア人(葦嶽山
)である。
まず、第2世代ドルイド神官団Gは九州(松浦半島周辺か)で長江・黒龍江勢力に分化。黒龍江に向かったG2はモンゴ
ル高原(東胡)を根城にチベット(羌)、朝鮮半島(扶余)、長江(呉)に進出。ニギハヤヒの説話から、日本には物部
氏の一派が一番最初に進出したと考えられるが、本格的な日本列島支配は後回しにされた。モンゴル高原の存在は機密中
の機密だっただろう。テイ族・羌族は第2世代ドルイド神官団G2と月氏の混血と考えられる。
東胡は匈奴に転身、中原の古代勢力と争ったが、スコーネから来た新樹木信仰神官団に匈奴を乗っ取られた。だが、新規
の騎馬軍団鮮卑を形成してから再度モンゴル高原を奪還。それ以来、シルクロード地域は天孫の支配下にある。中臣氏・
物部氏はトルコ人を指揮して突厥を成し、大伴氏・蘇我氏は柔然を指揮して攻勢を誇った。のちにそれぞれ自分が擁立す
る天皇を連れ、日本に進出。当初はアヴァール人として欧州を暴れまわっていた蘇我氏が優勢だったが、最終的に大化の
改新により、中臣氏が日本のトップに君臨した。柔然が分裂して蘇我氏は高句麗・高麗・ノヴゴロド公国を、大伴氏は隋
王朝・ハザール帝国を、突厥帝国が分裂して物部氏がウイグル可汗国(のちにハンガリー王国)を、中臣氏がビザンツ帝
国の中枢であるメガラ人と共にセルジュークトルコ帝国を形成する。日本の中臣氏は藤原氏になり、伝統的に満州地域を
支配。モンゴル高原は天孫の末裔である伊勢平氏(オイラート)・坂東八平氏(タタール)に継承された。大陸での対立
は必ず日本本国で、日本本国での対立は必ず大陸でも反映された。尚、吉備氏・蘇我氏・安倍氏・賀茂氏はソグド人であ
り、秦氏は大月氏・ベドウィン族である。

◇日本列島・神道神官団

・古代大伴氏(柔然・隋王朝・ハザール帝国・真如苑・阿含宗)
・新世代大伴氏(真言宗・醍醐寺教団・浄土宗/西山派)
・キリシタン大伴氏(大友氏・日本共産党・日本組合基督教会/会衆派・オウム真理教・アレフ)
・ユダヤ教大伴氏(ハザール帝国・東欧全域・アシュケナージ)
・アシュケナージ・東欧(東欧全域・社会主義・アナキズム・エスペラント・ユダヤ人労働者総同盟)
・アシュケナージ・アメリカ(ミンスク市・ニューヨーク市・イスラエル国・モサド・サイモンヴィーゼンタールセンター)

・物部氏(大和国・弁韓・任那府・突厥帝国・ウイグル可汗国・マジャール人・ハンガリー王国・ドラゴン騎士団)

・古代中臣氏(高車・突厥帝国・セルジュークトルコ帝国・オスマントルコ帝国・メウレウィー教団・天理教)
・新世代中臣氏(奈良時代・中臣鎌足・藤原氏・天理教)

・秦氏・島津氏(薩摩藩・第2世代琉球王国・大日本帝国)
・秦氏・長宗我部氏(土佐藩・ジョン万次郎・海援隊・三菱財閥・大日本帝国)
・キリシタン秦氏(アメリカやキリシタン藤原氏と結んでいる)

・新世代藤原氏(時宗・浄土真宗・室町幕府・織田氏・徳川氏・江戸幕府・三井財閥・日本赤十字)
・キリシタン藤原氏(小西氏・有馬氏・大村氏・蒲生氏・伊達氏・日本バプテスト基督教団・日本ルーテル同胞教団・日本メソジスト教会・日本基督教会長老派・統一教会・自衛隊・右翼団体・部落解放同盟・社会民主党・日本農民組合・法輪功)
・満州藤原氏(粛慎・渤海国・女真族・金王朝・全真教・清王朝・李氏朝鮮・東学党・ウズベキスタン・ウイグル自治区)
・ムスリム藤原氏(イル汗国・ザイド派・オマーン土候国・ザンジバル帝国・トルワ国)
・クリスチャン藤原氏(ユニテリアンユニバーサリスト・ルーマニア)
・奥州藤原氏(アリュート族・アパッチ族・インカ帝国・ペルー)

・坂東平氏/蒙古(宇文部・契丹・遼王朝)
・坂東平氏/インド(ラージプート・パラマーラ朝・タイラ2世・後期チャールキヤ朝・ホイサラ朝・ニザーム藩国)
・坂東平氏/日本(関東・平将門・伊勢平氏・坂東八平氏・安田財閥・住友財閥・統制派・東條英機内閣)

・旧世代伊勢平氏(伊賀忍者・松尾芭蕉・復古神道・警察庁・幸福会ヤマギシ会)
・新世代伊勢平氏(平清盛・日蓮・日蓮宗・日蓮正宗・日蓮本宗・北一輝・皇道派)
・モンゴル伊勢平氏(平清盛・元王朝・イル汗国・チャガタイ汗国・オゴタイ汗国・キプチャク汗国)
・モンゴル伊勢平氏(オイラート・ジュンガル帝国・チベット仏教ゲルク派・アストラハンコサック軍・レーニン)
・ドンコサック伊勢平氏(ドンコサック軍・サポロージャコサック軍・クバーニコサック軍・黒海コサック軍)
・ドンコサック伊勢平氏・アジア(創価学会・公明党・モンゴル・チベット自治区・ブータン王国)
・ドンコサック伊勢平氏・東欧(ユスポフ家・カンテミール家・ブルガリア・ルーマニア・チェチェン共和国・北カフカス地方)
・反逆伊勢平氏(北条氏・鎌倉幕府・伊豆半島)

・坂東八平氏(黒龍江=瀬戸内海・タタール人・アユタヤ朝・日本人町・青幇・香港・澳門・四海幇・中和幇・ハワイ・インドネシア・ベトナム)
・タタール人/蒙古(九姓タタル・三十姓タタル・ケレイト家・アラチ・チャガン・ドタウト・アルクイ)
・タタール人/日本(大三島・因島・村上水軍・三島村上氏・日本人町)
・タタール人/東欧(クリミアハン国・カザンハン国・シビルハン国)
・土肥氏(鎌倉幕府・長州藩・大日本帝国・国家神道・カオダイ教・ホアハオ教・天照皇大神宮教・赤軍・法の華)
・小早川氏(生口島・小早川水軍・毛利氏・豊臣政権・長州藩・大日本帝国・国家神道・カオダイ教・ホアハオ教・天照皇大神宮教・赤軍・法の華)
・三浦氏(鎌倉幕府・釜山浦倭館・韓国・韓国民団・韓国系パチンコ店・霊友会)
・梶原氏(梶原水軍・山口組)
・長尾氏(上杉氏・豊臣政権・立正佼成会・田中角栄元首相)
・キリシタン坂東八平氏(高山氏・吉田茂元首相・岸信介元首相/アメリカやキリシタン藤原氏と結んでいる)

・村上源氏(曹洞宗)
・宇多源氏(六角氏・甲賀忍者・PL教団)
・キリシタン宇多源氏(黒田氏)

・清和源氏(河内源氏・甲斐源氏・武田氏・今川氏)
・源希義(浦戸に流されたが伊勢平氏と共に黒龍江へ同行。モンゴル軍の征西時にワラキアに拠点を築く。浦戸での怨念からヴラド公の祖に。)
・源義経(奥州藤原氏の一部と共に伊勢平氏の黒龍江行きに同行。モンゴル軍征西時にトランシルヴァニアに拠点を築く。馬取での怨念からバートリ家の祖に。)

※モンゴル軍征西時、中枢を成していた伊勢平氏がモンゴル人からスラヴ人に鞍替えし、コサック・反ロシア勢力として
台頭。と同時にモンゴル軍の弱体化が始まったのだろう。伊勢平氏の中枢は現在でも藤原氏・中臣氏の中枢と共にシルク
ロード地域を支配し、ロシア・中国に反抗している。彼らがソビエト崩壊や共産圏崩壊を準備したのか。ちなみに、アメ
リカに空爆されなかった地域を上げると、そこを支配する中枢が大日本帝国に離反し、アメリカ側についたと考えること
ができる。キリシタン秦氏(徳島県・香川県・宮崎県・鹿児島県)、キリシタン坂東八平氏(鳥取県・島根県)、清和源
氏(北海道・秋田県)、宇多源氏(滋賀県)、藤原氏(佐賀県・石川県・山形県・京都府)、中臣氏(奈良県)だ。彼ら
が大日本帝国を裏切ったのだろう。当然、県民は被支配者なので無関係だ。更にそれぞれの県の公務員には各々の勢力の
家系のものしか登用されないだろう。
アシュケナージ(ロシア・東欧系)が大伴氏の末裔というのは推測だが、事実ならばイスラエルはほぼ大伴氏・ハザール
帝国の後裔といえる。だが、アシュケナージの中にはヴォルガ・ドイツ人(エフタルの後裔)もいるため、どちらがイス
ラエルの中枢かは判然としない。或いは双方が大英帝国の支援を受けて建てた国かもしれない。ただ、大英帝国・大伴氏
は第2世代ドルイド神官団ということで祖を同じくするので大伴氏の方が可能性が高い。日本で日ユ同祖論を発表した人
々も大伴氏の家系の者かもしれないし。アシュケナージは優秀な人材を輩出してきたが、彼らが優秀なのは世界中の民族
の血を引いているからだろうか。ブリテン島・欧州・アフリカ・アラビア半島・インド・東南アジア・日本・黒龍江・シ
ルクロード・ロシア・東欧ときて欧州に帰還したのだから、いろんなモノの見方が本能的に出来るのかもしれない。
水軍関係者は、明治以降はみな海軍に入ったが、御多分にもれず、祖父も海軍の少尉だった。祖父は戦時中よく上海に遊
びに行っていたと言っていたがその関係から上海は坂東八平氏・水軍と関係が深い土地なのかもしれない。その関係から
上海の青幇は坂東八平氏や瀬戸内海の水軍と関係が深いのかもしれないと考えた次第。推測でしかない。ただ、フェニキ
ア人がマフィアの祖となったように(推測だが)水軍はみな陸に上がると荒くれモノになるのかもしれない。



◎第2世代ドルイド神官団H1+H2
BC1000年〜

・マヤ人(チチェンイツァ)・イロコイ連邦・ポウハタン連邦・ワイアンドット国
・スー族(ラコタ族・ダコタ族・ナコタ族)・偉大なるスーの国・AIM(アメリカインディアン運動)

・ユカテク マヤ人・サパティスタ民族解放軍

宗教(ククルカン神信仰・パウワウ・サンダンス・語る十字架・ロングハウス教・ネイティブアメリカン教会)

※海の民が地中海に侵攻した時代、一方では別働隊第2世代ドルイド神官団部隊が北アメリカの北方にいたスー族の前身に
接触。両者はユカタン半島に進出し、山岳信仰神官団A(黒バスク人)が築いたオルメカ文明を破壊。彼らは混血し、マヤ
人神官団となる。その後、15世紀に主にノルマン人(新イグドラシル神官団C)、チューダー朝(第2世代ドルイド神官
団A1)、フランス王国・ブルボン家(第2世代ドルイド神官団A2)、スペイン王国・ハプスブルグ家(第3世代ドルイ
ド神官団)、オランダ王国(第3世代ドルメン信仰神官団)が北アメリカに進出し始めたことを知ると故地を捨て、故郷の
北アメリカに帰還。マヤを共同で統治していた他の第2世代ヘリオポリス神官団、アトゥム神神官団、山岳信仰神官団B
(ダルダニア人)はアステカ帝国を形成。これがマヤ文明消滅の真相かもしれない。スー族とイロコイ族は蛇と呼ばれたが、
それはドルイド教やククルカン神に関係があるだろう。つまり、彼らがマヤから来たことを示している。その後、北アメリ
カに帰還したマヤ人神官団の後裔はワイアンドット族・モホーク族に転身、イロコイ連邦・ポウハタン連邦を形成。残留し
ていたスー族は大平原に移動。お互い、アメリカ合衆国(ノルマン人)、メキシコ合衆国(バスク人・アイルランド人)に
於いて白人に反抗した。



◎第3世代ドルイド神官団
AD200年〜

<リューベック司教座・ハンブルグ司教座・ブレーメン司教座など>

・ブルグント人(ボーンホルム島・ブルグント王国・ハプスブルグ家・オーストリア帝国・ナチスドイツ帝国)
・サヴォイア人(サヴォイア公・サルディーニャ王国・サヴォイア王国・イタリア王国)
・オック人(ガリア ナルボネンシス・オクシタニア・ノストラダムスの大予言・ヴィシー政権)

・ザクセン人(ザクセン王国・神聖ローマ帝国・シュレースヴィヒ=ホルスタイン王国)
・エセックス王国(リューベック市・ブレーメン市・ハンブルク市・ハンザ同盟)
・サセックス王国(オルデンブルク家・ホルシュタイン=ゴットルプ王朝・エカテリーナ2世・ハノーヴァー朝)
・スエビ人(スエビ王国・シュヴァーベン・ドイツ騎士団・ホーエンツォレルン家・プロイセン帝国)
・アラマンニ人(ホーエンシュタウフェン家・神聖ローマ帝国/シュタウフェン朝・シチリア王国)

宗教(サレジオ会)

※ローマ帝国に反抗するために各地のデーン人勢力はゲルマン人に協力を打診してまわっていた。それがゲルマン人大移動
の真相だ。アテネ人はフランク人、フェニキア人はヴァンダル人、コリントス人はゴート人、そしてブリテン島のドルイド
神官団はスエビ人・ブルグント人・ザクセン人に協力を打診。この時に各ゲルマン人たちはドルイド教徒になった。
スエビ人は見事に旧勢力圏のルシタニア(スエヴィ王国)を奪還した。ドイツ騎士団は、スエビ人部隊とエフタル部隊に分
かれていた。その後、サヴォイアなど各地に築いたドルイド教徒勢力が、彼らの背後にいた第2世代ドルイド神官団Aの一
派と共に本家第2世代ドルイド神官団A1とは利害を異にし、独自に動くようになる。
ブルグント人はハプスブルグ家の祖となり、神聖ローマ帝国をドイツ人から奪い、背後からスペイン王国を操り、世界の半
分を手にした。スエビ人はプロイセン帝国を建国、一部はエフタルと組んでドイツ騎士団を共同で形成。サヴォイア人はイ
タリア統一を果たした。その後、ハプスブルグ勢力は、第2世代ドルイド神官団B勢力がバイエルンで形成した組織(トゥ
ーレ協会)を基盤にナチスドイツを形成。
ロンバルディアの系統と考えられるムッソリーニはファシスト党を形成し、オック人はヴィシー政権を形成。ロンバルディ
アやマルコマンニ(フェニキア人の指揮下)などゲルマン人の末裔の勢力と第3世代ドルイド神官団連合は、第2世代ドル
イド神官団の末裔である坂東八平氏・秦氏(大日本帝国)と同盟。第2世代ドルイド神官団A1(ブリトン人・大英帝国)
・ノルマン人(アメリカ合衆国)連合に挑戦した。
ザクセン人はもともとアラン人系統の中央アジア帰還組であり、独自の意思で動いていたと考えられるが、ドルイド教の信
者となり、ブリトン人の指揮下にあった。一方、ジュート人が中枢を担うキリスト教の信者となったウェセックス王国のア
ルフレッド大王が七王国を統一した際、エセックス・サセックスのサクソン人がブリトン人配下として欧州に再度帰還し、
ハンザ同盟やオルデンブルク家を形成したと考えられる。
大陸残留組のザクセン人はブリトン人の指揮下で独自に活動し、神聖ローマ帝国を形成したが、途中で同胞のハプスブルグ
家にテイキングオーバーされた。尚、ドルイド神官団はリューベック司教座など各々の司教座の中枢として機能した。
第3世代ドルイド神官団(ハプスブルグ家)は、「精神病の真相」を研究させる意味でアシュケナージであるフロイトに精
神病の研究をさせたがフロイトはトラウマに行き着いたもののそれ以上先には行けなかった。ただ、フロイトの動向に危機
感を感じた新デーン人B・ノルマン人連合はユングを送り込んで、逆にフロイトが研究していながら真相を知ることが出来
なかった精神病の原因、集団ストーカー(ユングの裏切り)を仕掛けられた。



◎新世代樹木信仰神官団

◇イグドラシル神官団(新デーン人)A1+A2
BC500年〜

<本部隊>

・新デーン人(ダン族・サドカイ派・バシリデス派・マルキオン派・ウァレンテス派・シトー修道会・ホフ ユーデン)
・キンブリ人(エフタル・テンプル騎士団・神殿の丘・アリート城・カラク城・テンプル教会・タンプル塔・キリスト騎士団)
・テウトニ人(エフタル・ドイツ騎士団・ヴォルガ ドイツ人)
・へールル人(匈奴・フン族・ペチェネグ人・リヴォニア帯剣騎士団)

・ダーナ神族・ピクト人(ピクトランド・ダルリアダ王国・アルバ王国)
・ダーナ神族・ピクト人(トルテカ帝国・セミノール・チェロキー族・マスコギー国)

宗教(ケツァルコアトル神信仰・サドカイ派・アタルガティス教・グノーシス主義)

※ゲルマン人は、デーン人と現生人類・コーカソイドの混血でイグドラシル信仰神官団の支配下にあった。イグドラシル信
仰神官団はブリテン島のドルイド神官団と対立していたが、同時に第1世代ドルイド神官団が指揮していたケルト人の蜂起
に刺激され、BC300年代にスコーネ・ユトランドを出発した。新デーン人(イグドラシル信仰神官団)の部隊は3手に
分岐、一方はローマ帝国、一方は漢、一方はブリテン島を目指した。ローマ帝国を目指したイグドラシル信仰神官団部隊は、
サドカイ派を成す神官を兼務する諜報員部隊と、キンブリ人・テウトニ人で構成された戦士とその家族の部隊で、彼らは期
が熟すまでガリア・ゲルマニアで待機していたと考えられる、その後、諜報部隊はシリア・サマリアに拠点を築き、アタル
ガティス教・サドカイ派を組織。
アタルガティス教はシリアの奴隷蜂起に関与し、キンブリ・テウトニ部隊は直接ローマに侵攻した。一方の漢に向かった部
隊は、ヘールル人の部隊と考えられるが、彼らは大月氏(ベドウィン族)が開発したシルクロードを利用。当地のモンゴル
民族を統率・指揮し、匈奴(第2世代ドルイド神官団G2)を乗っ取り、大月氏(ベドウィン族)を撃破。漢(第2世代ド
ルイド神官団G1/越人)に侵攻し、ブリテン島から来た日本の天孫族(第2世代ドルイド神官団G2)と戦った。
キンブリ人がテンプル騎士団になったと考えられるが、テンプル騎士団が滅亡したあとは生き残り組がポルトガルに逃亡し、
キリスト騎士団を形成。キリスト騎士団からはコロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマが輩出されたという。
もう一方の勢力(新デーン人の一派)は、海を渡り、ブリテン島・アイルランドに侵攻。アイルランド人にダーナ神族の名
で呼ばれた。彼らは、ケルト人のマスターである第1世代ドルイド神官団の壊滅に乗り出したが、失敗。ブリテン島(現イ
ングランド地域)・アイルランドから退き、スコットランド(ハイランド)に拠点を築く。のちに、ダーナ神族はピクト人
(巨石信仰神官団・古代エール人の末裔)と共に第1世代ドルイド神官団の勢力圏、ユカタン半島に侵攻。彼らはトルテカ
に拠点を築き、太陽神・蛇の神であるククルカンをパクり、ケツァルコアトル神を新設した。その後、アトゥム神神官団が
ケツァルコアトルを継承。
キンブリ・テウトニ人はディアスポラ後のサドカイ派と合流し、中央アジアでエフタルを形成、インド・イランに侵攻した。
彼らはのちにササン朝ペルシアと突厥帝国の連合に破れ、欧州に帰還する過程でフン族に合流。へールル人はペチェネグ人
としてロシア・ビザンツに挑戦。サドカイ派のグノーシス神官団はボゴミル派を形成してロシアに、カタリ派を形成してフ
ランス王国に進出。双方とも壊滅し、中枢は欧州に帰還。ドイツを主な拠点にし、キンブリ人はテンプル騎士団に、テウト
ニ人はドイツ騎士団に、サドカイ派のグノーシス神官団はホフ・ユーデンとなり、ロスチャイルド家の祖となった。

<帰還組>

・エフタル・新デーン人(ブローニュ家・エデッサ伯領・エルサレム王国・ワイマール共和国)
・エフタル・新デーン人(ジェイコブ シフ・ロスチャイルド家・リーマン ブラザーズ・ゴールドマン サックス)
・エフタル・テウトニ人(ヴォルガ ドイツ人・救済同盟・ナロードニキ運動・土地と自由・キルギス共和国)
・エフタル・キンブリ人(テンプル騎士団・アヴィス騎士団・アヴィス朝・ブラガンサ朝・ブラジル帝国)

宗教(グノーシス主義・ボゴミル派・カタリ派・アルビ派)

※イグドラシル信仰神官団Aの連合は、ケント王国に移転した本家Bと共にブリテン島・欧州各地でノルマン人と対立した。
ドイツ騎士団が崩壊してからは一部がロシアに中枢を移転。ヴォルガ・ドイツ人としてナロードニキ運動を展開した。ドイ
ツではエフタル・新デーン人がドイツ革命・ワイマール共和国を形成した。
ドイツ人のアーリア人思想は、エフタルとして中央アジアで暴れていた時代に由来し、また、オーディン信仰は彼らがエフ
タルとして戦った鮮卑の司令官、応神天皇に由来する。ドイツ語は他の西洋語と違い、単語がくっついてどこで切るのか分
からないのもアジアの名残だろう。ソ連崩壊・共産圏崩壊には完全に中央アジア系の伊勢平氏・藤原氏の中枢が関係してい
るが、彼らと共にヴォルガ・ドイツ人も働いたかもしれない。かつては、伊勢平氏・藤原氏(モンゴル軍)とヴォルガ・ド
イツ人(エフタル)は双方ともシルクロードの覇者だったのだから。

◇イグドラシル神官団(新デーン人)B1+B2+B3
AD00年〜

<旧世代本部隊>

・アラン人(アラニア王国・ヤース人・オセット人)
・アラン人(アラカントラ騎士団・カラトラバ騎士団・サンティアゴ騎士団)

<帰還組>

・アラン人/ブリテン島(サクソン人・ウェセックス王国・サセックス王国・エセックス王国)
・アラン人/ブリテン島(ジュート人・ケント王国・ピサ共和国・王立ベスレム病院・ビセートル病院・ニュージーランド)
・アラン人/インド(イギリス東インド会社)
・アラン人/アメリカ(アメリカ連合国・アルバート パイク・ゴールデンサークル騎士団・KKK)

宗教(カンタベリー司教座・クレルヴォー修道会・聖公会・オラトワール協会・ヴァンサンドポール教会・南部バプティスト連盟・アメリカ自由メソジスト教会・ウェールズメソジスト リバイバル)

※サクソン人・ジュート人はスキタイ人の末裔を自称するが、同じ騎馬民族でも、じつは中央アジアに進出したアラン人の
後裔だろう。彼らは先代に刺激され、起源前後にユトランドから中央アジアに進出。アラン人としてフェニキア人系のサル
マタイ人、先代のイグドラシル神官団A(ヘールル人=フン族)などと対立。ユトランドに帰還後、独自の判断でブリテン
島に進出。キリスト教神官団に転身したジュート人がウェセックス人を指揮下に置いた。サセックス人・エセックス人はブ
リトン人の指揮下におり、欧州に帰還し、ハンザ同盟・オルデンブルグ家などを形成。
宗教革命の際、イングランドはジュート人・ブリトン人・ノルマン人の3勢力が拮抗していたが、ブリトン人とノルマン
人がジュート人のカンタベリー司教を中心にしたイングランド・キリスト教に反発し、ジョン・ウィクリフがロラード派、
またのちにトマス・クロムウェルが聖公会を形成した。また、ノルマン人・ブリトン人は海外に勢力圏を得るためにそれぞ
れルター派・改革派を形成。宗教改革がはじまった。そのあとにイングランド国内のノルマン人・ブリトン人の勢力として
聖公会が形成されたが、聖公会はカンタベリー司教座の中枢であるジュート人に乗っ取られた。そこで更にブリトン人は清
教徒、ノルマン人は会衆派を形成。
聖公会に君臨したジュート人中枢が、バプティストとメソジストに分化。イギリス東インド会社は、バプティストのジョサ
イア・チャイルドが力を持った。セポイの乱は、イギリス東インド会社が第2世代ドルイド神官団Fの連合(チョーラ人・
パッラヴァ人)と組んだ大英帝国・ロスチャイルド家に対する反乱だった。
のちに、ブルターニュ人のスチュアート朝、ブリトン人の清教徒革命・名誉革命を経てブリトン人が大陸のドルイド神官団
勢力、ザクセン人と共同でハノーヴァー朝を成立。この時にジュート人は退けられ、ノルマン人・ブルターニュ人はアメリ
カ・フランスに拠点を築くことに必死になっていたため、数百年ぶりにブリテン島がブリトン人の手中に戻った。これ以後、
ケント王国を建てて以来イングランド・キリスト教の中枢として機能していたジュート人はアメリカ南部に拠点を移転。ノ
ルマン人と対立を続けた。ただ、ウェールズメソジストリバイバルにより、ジュート人はブリトン人の拠点ウェールズに進
出を試みている。
アメリカに渡ったジュート人は、南北戦争でノルマン人に敗北。アメリカ北部支配は放棄し、アメリカ南部に覇を唱えたが、
ライバルとして第2世代ドルイド神官団Dの黒人神官団、アステカ帝国(ダーナ神族・ピクト人)の末裔であるセミノール
族がいた。そのため、彼らはKKKを結成。黒人のリーダー格を排除した(黒人なら誰でもいいわけじゃないだろう)。
イグドラシル神官団Bは13世紀に心を攻撃することの利点に気付き、併せてベドラム、ビセートル病院などの精神病院を
作る。つまり、この頃に集団ストーカーが開発された。当時から隠蔽目的で精神病院を作ることが決まっていたのだろう。
ついで、17世紀に第2世代ドルイド神官団A3(ブルターニュ人)が消極的な拷問を開発。大英帝国が、消極的な拷問法
(イヤガラセ)を洗練させ、日本の伊勢平氏・藤原氏(狐憑き・村八分)やアメリカ合衆国のノルマン人が継承し、科学技
術を加味して発展させた。

<新世代本部隊>

・アングル人(マーシア王国・ノーサンブリア王国・イーストアングリア王国)

・ランゴバルド人(ランゴバルト王国・ロンバルディア同盟)
・ロンバルディア人(ヴィスコンティ家・エステ家・グリマルディ家・ゴンザーガ家・ジェノヴァ共和国・モデナ公国・ミラノ公国・フェララ公国・マントヴァ公国・モナコ)
・ロンバルディア人(青年イタリア・青年ドイツ・青年ポーランド・青年スイス・青年ヨーロッパ・千人隊・ファシスト党)

宗教(ワルドー派)

◇イグドラシル神官団(ノルマン人)C1+C2
AD800年〜

<旧世代>

・デンマーク人(フリージア諸島・デーンロー・クヌート王国・デンマーク王国・カルマル同盟・グリーンランド)
・ノルマン人(ノルマンディー公国・シチリア王国・アンチオキア公国・ゼンギ朝シリア・聖ラザロ騎士団・ヴァーサ朝)
・ノルマン人(ノルマン朝イングランド・ジョン ウィクリフ・会衆派・アメリカ合衆国・テキサス共和国)

・ルター派神官団(ルーテル世界連盟・ドイツ福音主義教会・アメリカ福音ルター派教会など)

<新世代>

・アメリカ人(米国バプティスト同盟・宇宙生活教会・ヘヴンズゲート)
・アメリカ人(会衆派・クリスチャン サイエンス)
・アメリカ人(アメリカ北メソジスト監督教会・セブンスデー アドベンチスト教会・ブランチ ダビディアン)

・アメリカ人(アメリカ北メソジスト監督教会・ホーリネス教会・ペンテコステ派・福音派/エヴァンゲリスト)
・アメリカ人(福音派/エヴァンゲリスト・神の子供たち・愛の家族・ファミリー インターナショナル)

宗教(クリュニー修道会・聖アウグスティヌス修道会・ドミニコ会・聖フランシスコ会・厳律シトー会・ロラード派・ルター派)

※ノルマン人はヴァイキング時代の立役者だが、独自に動いていたのはノルマン人のみで、ノルウェー人はブリトン人に指揮
され、スウェード人はコリントス人に指揮されていた。ノルマン人は、ブリテン島・ノルマンディーを拠点とするノルマン
人とユトランド半島を拠点にするデンマーク人に分化したが、お互い敵対していた。ノルマン人は、記録されている中で一
番異分子排除に熱心だった神官団である。他にはスパルタ人によるクリプテュア、第1世代ドルイド神官団によるガリア・
マヤでの生贄制度があるくらいだ。
ノルマン人はノルマンディー公国でのクラモール・ド・ハローからはじめ、悪名高い異端裁判・魔女狩りを先導し、異分子
(優秀な者)を異端・魔女と称して大量に排除した。それがために欧州は一時期バカしかいなくなり、下水・排水設備の必
要性に気付く人が絶滅し、市民は窓から排泄物を捨てたため、パリなどはクソの街の呼ばれたくらいだ。伊勢平氏(第2世
代ドルイド神官団G2)が指揮したモンゴル軍もヨーロッパのクソまみれの町を見て逃げ出したのではないかと考えられる。
北欧の宗教はノルマン人が司るルター派だが、デンマークはザクセン人(第3世代ドルイド神官団)、スウェーデンはナポ
レオン(エトルリア人の末裔・ホルス神神官団)に乗っ取られた。
古代デーン人神官団の直系であるノルマン人はアメリカに拠点を移して400年経つが、「侵略=神を作る本能」に趣き、
更に分化を続け、新たなカルトを形成し続けている。














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